特定非営利活動法人 日本心臓血管外科学会 手術・手技トップへ

© 2018 The Japanese Society for Cardiovascular Surgery

このページを印刷する
トップへ
血管

大動脈基部置換術

大分大学医学部心臓血管外科学講座
宮本 伸二

はじめに

図1 Bentallの最初の論文の図
図1 Bentallの最初の論文の図

大動脈基部置換は一般にBentall手術と呼ばれる。Bentall(図1)が1968年に報告して以来(文献)、implantation, remodeling等の基部形成術が行われるようになった今も大動脈基部病変の標準手術であることに変わりはない。用いられる弁の種類によって機械弁Bentall(機械弁基部置換)、生体弁Bentall(生体弁基部置換)とも言い分けられている。 Bentall原法では冠動脈を大動脈からくり抜くことなく人工血管と吻合していた。ところが当時人工血管は今のようなコーティーング(impregnation)されておらず血液が容易に湧出するため止血目的で基部置換後瘤壁を閉じていたところ、瘤内圧が上がり冠動脈吻合部の離開が多発した。Carrelが冠動脈をラッパ状にくり抜く方法を考案して以来現在までそれが踏襲されている。初期のころこそ出血の合併症が多く成績は不良であったが凝固能を維持する体外循環装置、漏れない人工血管の開発や吻合方法の工夫により、初期成績は格段に向上した。通常の大動脈弁置換に比べ機械弁であっても術後血栓弁の発生は起こりにくく、抗凝固も比較的軽めでよいこともあって遠隔期予後も良好である。基部形成が盛んな昨今であってもいかなる病変に対しても長期にわたる確実な結果が得られるという点で心臓外科専門医が確実に習得しておくべき術式である。

適応疾患

Marfan症候群でよくみられる大動脈弁輪拡張症(annuloaortic ectasia)、大動脈狭窄もしくは閉鎖不全があり上行拡大がSTJ(seno-tubular junction)まで及んでいる場合や大動脈解離がバルサルバまで及び、外膜損傷を伴った時は弁機能が維持されていても基部手技(置換もしくは形成)が必要となる。欧米ではバルサルバが解離した急性解離は外膜損傷の有無にかかわらず積極的に基部手術を行うが、本法ではglue等による圧着と弁つり上げを行い基部は温存する傾向がみられる。そういった症例が遠隔期に基部の再解離や大動脈弁逆流の悪化が生じるとその時点で基部置換となる。特殊な例としては細菌性心内膜炎で弁輪破壊が高度で弁吻合をより確実にするために行われる基部置換がある。もちろん基部形成の早期、晩期failureは基部置換の適応である。基部形成か基部置換かの選択は術者の経験(形成術の習熟度)によるところが大きい。弁選択は弁置換と同じで年齢が最も考慮される。しかし単純な弁置換と異なり、基部置換後の弁劣化による再手術では基部全部を置換する必要があるので生体弁の選択にはより慎重にならざるを得なかった。だが近年、経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)が登場し再治療がTAVIで可能となったことで生体弁基部置換の適応範囲が広がった。

手術手技

胸骨正中切開でアプローチする。上行大動脈が正常で大きくない場合は末梢動脈から送血を行い第二肋間までの下方胸骨正中切開、逆L字型切開で行うことも可能であるが比較的高度な手技であり、まずはストレスを感じずに安全に手技を行うことが大切だと思うため推奨しない。体外循環は上行置換と同じである。大動脈弁逆流が高度な症例ではあらかじめ右上肺静脈より左室ベントを挿入しておき、左室が張らないようにして冷却を開始する。冷却の間に左右バルサルバを冠動脈に注意しながら剥離をすすめる。内側から冠動脈口を確認後は安全に剥離ができるのでこの段階では無理をしないようにする。上行大動脈を遮断し横切。順行性選択的に心停止液(心筋保護液)を注入し心停止を得る。逆行性冠潅流を行っておくと心筋保護液注入による作業中断回数を減らすことができる。弁輪から5mmほど離れた場所でバルサルバを切除。左右冠動脈はCarrelパッチ(ラッパ)状にくり抜く(このときは大きめにくり抜き、吻合前に人工血管側の側孔との関係をみてトリミングすればよい)。切り抜く前にピオクタニンで大動脈長軸方向の目印をつけておくと再建時の捻じれを防止できる。また冠動脈の走行を明確にするため剥離時には細径(6Fr)のネラトンを冠動脈内に挿入しておくと安全である。基部形成の場合は弁輪レベルまで周囲組織(右室流出路、肺動脈)を剥離する必要があるが基部置換では太い糸針で大きく縫合し力強く結紮できるためそれほど丁寧に剥離する必要はない。私は狭窄症で弁が硬化している場合は弁を切除するが純粋な逆流で弁の柔軟性があれば切除していない。バルサルバ切除の過程で各交連に糸をかけ吊り上げけん引できるようにしておくとその後の手技がやりやすくなる。(図2)
再建手技は1. 人工弁縫着(人工血管との吻合も含む)、2. 冠動脈再建、3. 上行大動脈再建の3つのパートに分かれる。

図2
図2

1. 人工弁縫着

(1)別個の人工弁と人工血管を用いる方法。大動脈切開後弁と人工血管サイズを決定する。通常の弁置換よりも少し大きめの弁を選択することが可能である。人工血管は人工弁より3mmから5mmほど大きい人工血管を選択する。基部固定は弁置換と同じ2-0のより糸で行う。3-0であると挟まれる分厚い組織と人工血管を締め上げきれない(その前に切れてしまう)。プレジェットもしくは連続したフェルトストリップを外側に置く形で外側から内側にマットレスで運針する。三尖であれば交連間4-5針、計15-18針かける。必ずしも弁輪をかける必要はなく弁最下端レベルに全周フラットにかけて、右と無冠尖の交連のところのみ伝導路を避けるため弁輪寄りに高くかける方法が一般的である。私は基部形成ではそうしているが基部置換では強度を得るためできるだけ弁輪を通過させて左室側に出すようにしている。これだと多少縫合ラインは波打つことになるが問題ない。人工弁のホルダーを人工血管の中に通して両者を保持し、基部にかけた糸を人工弁、人工血管(端から5mmの位置)へとかけていく。糸を引きながら人工弁、人工血管を基部まで下した後、糸を結紮していく。(図3)自己弁を切除していない場合は確実に外側に自己弁が出ている状態で弁を下ろしていくことが大切で、内側に残すと機械弁では弁機能不全になりかねない。あらかじめ人工弁を人工血管と吻合したのち、人工血管のスカート部分に基部の糸をかけて中枢吻合する方法もある。いずれにせよマットレス縫合を結紮すると人工血管のスカート部分が外側にめくれ上がるので、その部分に連続縫合を追加することでより出血のリスクを下げることができる。この時点で人工血管に圧をかけて出血の部位を確認しても左室―グラフト間の出血は確認できない。

図3
図3

(既存の弁付きグラフトを用いる場合)20021年8月現在日本で使える弁付きグラフトはSJM社のものだけである。基部への糸針のかけ方は同じであるが弁付きグラフトの人工弁のカフにそれを通して結び下す。手技は簡便となるが人工血管のスカートを用いた追加連続縫合ができないためやや止血という点では不安がのこる。 特殊な状況、例えば再手術などでバルサルバ剥離切除が困難な場合は通常の弁置換と同じ糸針のかけ方で中枢吻合を行ってもよい。また既に大動脈弁位に人工弁が移植されていた時は、丁寧に弁輪に糸針をかけていき人工血管と縫合していけばよい。(図4)

図4
図4

2. 冠動脈再建

Bentall原法のごとく大動脈に開口する冠動脈を直接in-situに吻合する施設はもうない。ほとんどの施設ではCarrelパッチ(ラッパ状)を作成して吻合している。ただし再手術で剥離困難な場合は小径の人工血管を大動脈内の冠動脈開口部に吻合してそれをメイングラフトと吻合することがある(Pieler法)。Carrelパッチを直接メイングラフトの側孔へ吻合する方法、小径人工血管7-8mmをinterposeする方法、小径人工血管両端を左右冠動脈に吻合し、その人工血管とメイングラフトとを側側吻合する方法(Cabrol法)などがある。冠動脈とメイン人工血管との間が遠い場合、冠動脈剥離を更にすすめればある程度その距離を確保できるがその操作で冠動脈を損傷するリスクも伴うためあまり無理をせず小径人工血管で橋渡しをしてメイングラフトとつなげる方法が取られる。左冠動脈は押し込まれても変形を来たしにくいので少し挟んだ人工血管が長すぎてもよいが、右冠動脈は変形狭窄を来たしやすいので位置関係・長さに十分留意しなければならない。Carrelパッチを直接吻合する場合も右冠動脈吻合部は心拍再開後下方に押し込まれるのでできるだけメイングラフトの高い位置に吻合する。基部置換後の冠動脈変形による虚血はほとんどが右冠動脈の変形によるものと思ってよい。Cabrol法は古い方法であるが、左冠動脈につないだ小径人工血管とメイングラフトをつなごうとしたとき端側よりはメイングラフトの後ろに回すとおさまりが良いときなどには役立つ方法なので知っておくべきである。その時は小径グラフト右冠動脈吻合→小径グラフトメイングラフト側側吻合の順番ではなく、小径グラフトメイングラフト側側吻合→小径グラフト右冠動脈吻合の順に行うと形よく出来上がる。吻合の糸は5-0もしくは6-0のモノフィラメント糸を用いて連続でも結節縫合で行ってもよい。吻合後、グラフト内側から糸のかかり方を確認し、間隔が開きすぎている箇所などあればこの時点で追加針を置いておく。マルファンなど結合織性の疾患の場合Carrel パッチの大動脈壁部分をできるだけ残さないように冠動脈ギリギリに針をかけないと遠隔期に残った大動脈壁が瘤化することがある。また壁が脆弱な場合は外側にドーナツ状のフェルトを補強としてあてて吻合する。それぞれ左右冠動脈吻合が終了した時点でその都度グラフトに心筋保護液(血液を混入したもの)を注入し圧をかけて出血点がないか確認する。(図5)

図5
図5

3. 上行大動脈再建

4-0もしくは3-0モノフィラメント連続で自己大動脈とグラフトを吻合する(グラフトグラフト吻合になる場合はCV4)。上行大動脈と基部グラフトは同軸上になく斜めの吻合になることが多い。どちらか(口径差がある場合は小さいほう)もしくは両方を斜めにカットすることで対応する。

止血剤(糊)の使用法について

近年の止血剤の進歩もこの手技の成績の安定につながっている。圧0の下でしか使えないBioglueなどは遮断解除前に使用することを忘れてはならない。一旦出血が始まった場合はHydrofitなどでなければ止血することはできず、それでもダメな場合はためらわず大動脈遮断をして心停止を得て出血部分の処置を行う。

参考動画

参考文献

  • 1. Bentall H, De Bono A. A technique for complete replacement of the ascending aorta. Thorax. 1968;23:338-339.