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血管

腹部大動脈瘤手術

総合病院国保旭中央病院 外科
古屋隆俊

はじめに

腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm:AAA)は血管外科で扱うメジャーな疾患であるが、近年血管内治療の進化によりEVAR(endovascular aneurysm repair)が60%を占めている。腎動脈下の大動脈(Ao)性状が良好な「易しいAAA」はEVARで治療される機会が増え、開腹手術には傍腎動脈腹部大動脈瘤(pararenal AAA)、腎動脈や下腸間膜動脈(IMA)再建を要する例、EVAR後の瘤拡大・破裂というより難易度の高いAAAが回ってくる時代となった。しかしEVARの弱点としてendoleak(EL)の問題があり、遠隔期の瘤拡大と破裂リスクを抱え生涯にわたる経過観察(+追加治療)を要する。高齢や併存疾患、hostile abdomenを理由に安易にEVARを選択すると、数年後のopen conversionではさらに高齢で併存疾患も進行したハイリスク例に対する高難度手術となる。初回治療は生命予後を考慮して決定し、解剖学的形態がEVARに適するとか小瘤径の方がELを起こしにくいという理由で、若年者に安易にEVARを選択すべきでない。AAAの治療目的は破裂予防であり、gold standardはやはり開腹手術であることを再認識すべきである。

(1) 大動脈瘤径について

治療適応は2020年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン1)「瘤径≧55mmの場合、侵襲的治療を行う(推奨クラスI、エビデンスレベルA)」だが、日本人の場合「≧50mmでも許容される(IIa、C)」とある。
従来AAAの瘤径は「最大短径」と表現されていたが、CTが冠状断しか撮れなかった時代に蛇行するAAAを過大評価しないためである。今日CTは冠状断、矢状断、前額断、3Dと様々な角度で描出できるため歪な瘤や限局突出瘤も評価可能であり、破裂リスクは突出部も含めた「最大径」に依存するはずである。これに対して同ガイドライン1)では「PQ3:大動脈瘤の大きさはどのように計測するか」→「推奨:大動脈瘤径の計測は、大動脈長軸に直交する断面像において、長径と短径を計測する」と明記されている。筆者は外来で自ら腹部USを行い、AAAの長軸を確認してそれに直交する断面で最大径を「瘤径」と記録している。限局突出や歪な形態変化を記録すると拡大率を正確に評価可能だが「最大短径」ではこれら変化を見落としてしまう。

(2) データベース作製のすすめ

開腹AAA手術の周術期データベースを作製すると施設(術者)の質(熟練度)を常に把握でき術式改良のヒントとなる。記録すべき項目は術前因子として年齢、性別、併存疾患(心・肺・脳・腎・糖尿病・喫煙)、瘤の範囲、開腹歴、特殊瘤(炎症瘤、感染瘤、傍腎動脈瘤、再手術例、ストーマ症例)など、術中因子として準備時間(preparation time:執刀から全動脈のtaping完了まで)、Ao遮断時間(clamp time:Ao遮断から一側の血行再建完了まで)、手術時間、出血量(Cell Saver回収血を含む)、輸血量、尿量を、術後因子として歩行開始(病日)、食事開始(病日)、退院(病日)、自宅退院(有無)などである。
「準備時間」は手術難易度の指標であり、術前の戦略が適切なら「遮断時間」とその後の「再建時間」は経験上ほぼ一定である。筆者が全AAAを開腹手術で施行した成績によると上腹部や下腹部手術後の癒着剥離時間は平均7分だが、ストーマ症例(人工肛門・回腸導管)と大動脈再手術例では準備時間は40分延長した2)。手術技術の質の評価は難しいが数値化可能な指標で代替できる。AAA手術では「出血量」と「手術時間」を減らすと変動の少ない安定した手術となり患者の回復に資することになる。合併症の少ない術後経過は外科医と患者及びその家族に精神的な安寧をもたらし、病院の医療経済的にも有益である。

(3) PDCAサイクルを回す

筆者は旭中央病院に赴任当時(1992年)から一つのトラブルに対し常に改善(予防)策を模索し術式を改良してきた。一例として「中枢Ao剥離時に後壁より出血→直ちにAo遮断→次いで末梢側を剥離・遮断→結果、遮断時間が無駄に延長」という経験から、「中枢Ao損傷時は即遮断を要す」「末梢側剥離が完了後なら遮断時間は延びない」と考え、「非破裂性AAA手術では末梢側から剥離し中枢Ao剥離は最後」と方針を変えた。その他出血量を減らす工夫や早期退院のため早期離床を進める改善策が、今日のクリニカルパス(CP)や術後早期回復プログラム(Enhanced Recovery After Surgery: ERAS)に繋がった。CPやERASを推進すれば成績が改善するのではなく、手術と術後管理の質向上により結果的に早期退院が可能となる。PDCAサイクルを回し続けた結果、2018年度のDPCデータによる全国500床以上のEVE参加病院の中で、当院は開腹AAA手術の入院日数は最も短く、入院費用はほぼ最少であった(図1)。

開腹AAA手術の入院日数と入院費用(EVE参加500床以上病院)
図1 開腹AAA手術の入院日数と入院費用(EVE参加500床以上病院)

(4) 愛護的な操作

昭和56年11月の第17回手術手技研究会のテーマ「Gentle Surgery」3)の中で、乾燥、加熱、擦過、局所挫滅(鑷子・鉗子・血管鉗子)、縫合針による消化管壁への影響を動物実験にて光学顕微鏡と走査電顕で観察し、消化管吻合法の問題点について様々な検討がされている。特に角針・丸針・鈍針の通過後の損傷の項目では、(i) 直角に刺入し、直角に出す、(ii) 運針は丸く、(iii) 針を出すときは手首を返す、(iv) 動脈から出た糸は抜いた方向に引く、(v) ガーゼで擦らない(押すように拭く)とあり、今も通じる基本手技である。若い外科医の手技を見ると(i)〜(iv)はほぼ出来ていない。注意した時だけ改めるがすぐ元に戻るのは普段から「非愛護的操作」が身に付いているためである。3-4時間のAAA手術中は(i)〜(v)を100%実践する集中力の持続が必要である。
手術では出血量と手術時間がそのまま患者への侵襲となり、術中の愛護的操作に欠ければ腸管浮腫・麻痺から食事開始の遅れや誤嚥性肺炎へ直結し、安定した早期退院は望めない。

(5) 手術動画の症例呈示

愛護的操作と出血量低減を目指したAAA手術動画を呈示する。
症例は82歳、男性。2006年、前立腺癌にて前立腺全摘+除睾術(非開腹手術)。2005年11月、CTにてAAA=28+24mm。2010年9月、AAA=35+31mm。2015年1月、AAA=43+33mm。2015年7月、US・CTにてAAA=51+37mm、CIA=右16mm, 左12mmと急速な拡大傾向あり(8mm/6ヶ月)(図3A)。HT、EF=69%、肺正常(肺活量:88%/一秒率:78%)、Ccr=56ml/min、HbA1c=5.9%、喫煙20本x60年、止めて9年。

図3
図3

(6) 動画の解説

腹部大動脈瘤手術

(i) 皮膚切開

正中切開は臍を緩やかな弧状に避け必要十分な長さで、真皮が切れ終わるか否かの浅い皮膚切開とする(深いと出血→凝固処置→皮膚熱傷)。電気メスは先端より3-4mmあたりが最も凝固切開がスムーズ(先端切開→皮膚縁が寄って熱傷)で、術者と助手は鉤鑷子で斜め上方へ強く牽引し、電メス熱傷を予防する。皮下脂肪の出血点はその都度止血。臍部分は脂肪を多めに残してから正中に戻る。正しく牽引すると筋膜は中央で切開される。開腹時は腸管損傷に注意。開腹既往例では助手に腹壁をコッヘル鉗子2-3本で愛護的に牽引させ徐々に剥離を進める。腸管や肝臓が腹壁に直接癒着する場合は特に慎重に剥離する。

(ii) 開腹後

創縁タオルを当てて開創器で大きく開く。手術台を右下に少し傾け小腸全体を右創外へ脱転(脱転操作はイレウスと無関係)、横行結腸を頭側へオペーゼタオルで保護し、U字型に曲げた大スパーテル2枚で保護したタオルごと小腸を右に固定。十二指腸と横行結腸(奥に膵臓)の間で中枢Ao走行を確認して、第二助手に特大扁平拘で「ハの字」に展開させる。特大扁平拘は「頭側へ牽引」すると疲れでずれたり十二指腸損傷リスクがあるので「背側へ押しつける」と良い。必要最小限の力で場を確保し、速い動きは厳禁である。

(iii) 後腹膜切開

AAAは後腹膜腔の脂肪織を両側に圧排しながら拡大するので、手術適応(≧55mm)例では瘤前面の脂肪層はごく僅かである。十二指腸と下腸間膜静脈の間で瘤前面の脂肪の薄い部分の後腹膜を電メスで切開。ケリー鉗子ですくいつつ十二指腸壁から十分離して(後腹膜閉鎖時の縫い代を確保)、膜だけを縦方向に切開する。後腹膜腔の脂肪織(+リンパ組織)は外膜が露出する深さまでケリー鉗子ですくいながら結紮・切離を繰り返す(各種エネルギーデバイスではリンパ管は蛋白凝固されずリンパ瘻を来しうる)。結紮時は糸で組織を牽引せず、糸の切離直後に剪刀を動かさぬようにして無駄な出血を防ぐ。動脈にまとわりつく脈管は電メスで止血されないことも多く、丁寧に2-0絹糸(しっかり結紮するため2-0を多用)で結紮する。中枢側では性腺動脈に注意。Aoからすっぽ抜けると止血に難渋するので、日頃から細い動脈の結紮技術を磨いておく。

(iv) 末梢側より剥離・taping

(2)で例示したように中枢剥離時の損傷は直ちにAo遮断を要するので、末梢側剥離完了後に中枢側を剥離する。末梢側は逆流圧が低いので2/3周〜3/4周剥離でも遮断可能である。右CIA・EIA・IIAはそのまま末梢へ展開(動画では右CIAの3/4周剥離は割愛)するが、左CIA遠位側はS状結腸を内側へ授動して行う。両CIAの剥離時は尿管の走行に留意する。瘤の無いCIAやEIAのtapingは容易だが、IIAは瘤で無ければ2/3周剥離で遮断可能である。瘤や瘤様拡張があると腸骨静脈と炎症性に癒着し、無理なtapingは無用な腸骨静脈出血を招くことがある。静脈出血時はまず圧迫や止血剤(セージセル)で対応し、止血困難ならフェルト用いたマットレス縫合を行う。

(v)最後に中枢Aoの剥離・taping

末梢側の剥離が完了した後に中枢Aoの剥離を行うが左腎静脈下縁を確認しておくと安全である。血圧は90mmHg程度にコントロールして無用な出血を予防する。予期せぬ出血に備えて遮断鉗子は近くに揃えておく。中枢Ao後壁は用指剥離4)が基本だが、狭い術野だと指による不要な損傷を起こすので瘤の肩口を十分フリーにすると良い。Ao背側に腰動脈が有れば左右の第2指(ないし第3指)を触れないが、腰動脈が無い部位であれば指を触れる(Aoが椎体よりフッと浮く感触)。両手指の爪で音を立てると助手らに剥離完了が伝わる。用指の鈍的剥離が完了したらシロッカーテープを把持したテープ通し(図2)4)を指に当てながら対側へ送り、出てきたテープ先端をケリー鉗子で把持してtapingを完成させる(図3B、図4A)。鈍的剥離にこだわるのは強彎ケリーでAoをtaping後に出血した際、瘤切開してAoを貫通したテープを確認した経験があり、鉗子類は脆いAo壁を容易に損傷すると認識したからである。

図2
図2
図4
図4

(vi) IMA結紮

IIA血流が乏しいか閉鎖を要したり、SMA・CAに高度狭窄がない限り下腸間膜動脈(IMA)は原則として結紮する。2-0絹糸を2本同時に送り二人で同時に結紮する。虚血性結腸炎はIMA血流だけの問題ではなく、出血多量や周術期心原性ショック、カテコラミン投与など全身性循環不全が最も重要な要因である。末梢血流を迅速に再開させると大腿深動脈経由でIIA領域の還流は再開する。

(vii) 剥離完了

筆者は剥離完了時に術中写真を撮影(図3B、図4A)し、データの蓄積と家族(時に本人)への説明に利用している。

(viii) 中枢Ao clamp (non-Heparin法)

Ao壁の石灰化や粥腫の部位を考慮して大長刀遮断鉗子またはS字状遮断鉗子を適宜選択する。前者は腰動脈や後壁からの出血に対し鉗子を椎体へ押しつけてコントロール可能で、taping(-)でも遮断可能だが前壁の縫い代があまり確保できない。 後者は横に挿入し頭側に傾けると前壁の縫い代を確保でき立ち上がるタイプの中枢Aoに有効だが、Ao背側を鉗子の凹凸面が進むので損傷リスクがある。
通常はAo遮断前に全身ヘパリンを投与する(60kgに対し、3ml=3000u程度)。筆者は2000年11月より閉塞性動脈硬化症が無く、閉塞しても容易に血栓除去できる場合は出血量を減らすためにヘパリン非投与下にAoを遮断している(2020年12月時点で768例中633例、82.4%)。末梢側をdeclampすると必ず逆流血があるので、40〜50分程度ならAo遮断中も側副路を介して末梢側血流は保持されている。
Ao遮断に際して麻酔科医に血圧を90mmHg以下に下げてもらい、瘤の拍動が消失するまで遮断鉗子のノッチを数えつつ必要最小限の遮断とする。追加するときも慌てずに1ノッチずつ行う。石灰化などで遮断不全の時はdouble clampとしたり、縫い代が不十分な時はさらに中枢を剥離して、遮断鉗子を中枢側へ移動させる。

(ix) 末梢側clamp

末梢側も背側の腸骨静脈に留意して、石灰化部位を避け吻合の縫い代を確保してゆっくりと最小限のノッチ数で遮断する。

(x) Ao 中央部clamp

動画症例は二瘤を形成していたので、腰動脈出血を減らすためにAo中央部で遮断して瘤を一つずつ切開した。

(xi) 末梢側瘤切開・止血

AAA壁は血流豊富なので電メスで凝固させた後、メイヨー剪刀で一気に縦切開から観音開きとする。腰動脈出血があれば指やツッペル等で圧迫しつつ、2-0 Ti-CronTM (1針を切り落として長い片端で使用)でZ縫合(1針かけて糸を牽引し出血コントロールして2針目をかける)にて止血する。1対の穴が近い時はZ縫合から連続にて縫合止血する。後壁の石灰化高度な時はコッヘル鉗子で石灰化を破壊・除去して縫合止血する。開口部(穴)を塞ぐというより背側の腰動脈を瘤壁で縫縮するイメージで壁全層を拾うように大きく運針する。

(xii) 中枢側瘤切開・止血

中枢Aoの縫い代を確保しつつ、中枢側瘤を切開し腰動脈を同様に縫合止血する。中枢Aoの遮断不全があれば追加ノッチを加えたり、第二助手に長刀遮断鉗子を椎体方向へ押しつけるように把持させる。

(xiii) 止血完了

止血完了したら術中写真を撮影する(図3C、図4B)。特に中枢Aoと末梢側の内膜性状(粥腫の程度)を記録する。自験例では34.3%(323/942)に中枢Aoの全周性粥腫が認められ、CT画像で予想される以上に高度なことがしばしば経験される。

(xiv) 中枢側吻合(後壁一点支持連続縫合)

筆者は中枢Ao背側剥離の必要が無いinclusion法を原則としている。Ao外膜を確実に拾うためにφ37mmの2-0 SurgiProTM (polypropylene:PPP)または2-0 AsflexTM (Polyvinylidenefluoride:PVF)を愛用している。粥腫が高度で粥腫除去後の外膜が脆弱な時はφ30mmの3-0 AsflexTM を使用する。
人工血管はHemashield GoldTM (knitted Dacron)を使用している。中枢Ao径に合わせてサイズを決める。通常(Ao径が18〜22mm)ならφ16x9mm、細ければφ14x8mm、太ければφ18x9mmを使用し、ニットの特性を活かして直角・S字・波型に断端形成して適合させる。解離やaortomegalyなどでAo径が30〜40mmでも「Taper型グラフト」を作製すると1.5倍まで任意に径を拡大できる(例:18x9mm→27x9mm)(図5)5)。
運針の原則は「愛護的な操作」で述べたように「直角に刺入し、直角に出す」「動脈を抜いた方向に糸を牽引し、グラフトは展開し易い方向に糸をさばく」「針を抜く時に手首を回転させる(動脈が動かないことに注目)」ことで針穴を拡げずにcuttingを予防する。筆者は常に内腔を直視できる後壁一点支持連続縫合を採用し、手前1/4周の後、対側の3/4周を運針する。

図5
図5

(xv) 2/3周ePTEFE felt補強

脆弱な中枢Aoの針穴出血を防ぐために2/3周テフロンフェルトテープで補強する。運針時はテープが動脈縁より末梢へせり出さぬようにフェルトのバイトは1/2以内とする。

(xvi) 吻合部leakの確認・補強

中枢吻合終了後グラフト遮断下にleakの有無を確認する。2-0または3-0のPPP糸やPVF糸でフェルト小片を用いてマットレス縫合で止血する。後壁出血で直接運針が困難な時はグラフトから一旦中枢Ao背側へ出した後、瘤壁外から内側へ戻るように運針すると容易である(図6)。出血点はピンポイントで縫合しなくてもその周囲が縫縮されれば止血されることも多い。

図6
図6

(xvii) Graft flush→Heparin加生食を充填

中枢吻合のleakが消失した後、グラフト内の粥腫血栓をフラッシュさせる。血栓が完全に無くなるまで繰り返すが短時間に行って無駄な失血を防ぐ。その後グラフト遮断の上、グラフト内をヘパリン化生理食塩水(ヘパ生)で洗浄し、大動脈吻合部とグラフト内にヘパ生を充填してグラフト遮断とする(ヘパリン非投与時はこの操作は特に重要)。

(xviii) 右脚→右CIA吻合(後壁一点支持連続縫合)

右脚を至適長さに断端形成して右CIAへinclusion法にて端々吻合する。φ25mmの3-0 SurgiProTMを使用することが多い。壁は石灰化や内膜肥厚で硬いことが多く、針の通過する部位を探りながら動脈全層を拾うように大きく運針する。針を出す時は必ず手首を返し動脈が動かないのを理想とするが、多くの若手は針後部で動脈を損傷しつつ抜いている。後壁から開始し「示指先端を結紮点に置いてくるように」結紮する。結紮点より奥へ指を送ると無理な力が入り出血やcuttingの原因となる(1針目は緩くても連続なので大丈夫)。中枢吻合と同様に手前1/4周の後、対側の3/4周を運針する。吻合終了前に末梢側の逆流血を確認する。逆流が無ければケリー鉗子やFogarty catheterTMで血栓除去する。右脚のエア抜き後に結紮して吻合を完成させ、直ちに右大腿動脈(FA)拍動を確認する。

(xix) 左脚(左CIA内)→左CIA吻合(後壁一点支持連続縫合)

左CIA末梢部で離断後、左CIA内にテープ通しを通過させて左脚を末梢へ導き、左CIAと端々吻合する(3-0または4-0 SurgiProTM)。動脈離断時はよりcuttingに留意して運針する。吻合前の末梢側逆流血の確認と中枢側フラッシュは右脚と同様に行う。
左CIAに屈曲・蛇行・狭窄があり左脚を左CIA内に通すのが不適切な場合は、瘤壁左側に電メスで孔を開けて自然なルートでS状結腸外側の末梢吻合予定部へ導く。
両脚とも解剖学的ルートの尿管背側を通すのが原則だが、脚で尿管が強く腹側へ圧排される時は尿管-グラフト瘻のリスクを避けるため、敢えて尿管の腹側を通して自然な走行とする。

(xx) 血行再建終了

末梢血行が再開され血圧上昇すると一旦止血していた腰動脈や吻合部から出血することがあるので念入りに止血する。筆者はサージセルTMやアリスタAH(1g)TMを愛用し、フィブリン糊は感染リスクのため出血傾向のある症例以外は使用しない。
両側FAの拍動良好なのを確認して血行再建を完了する(図3D、図4C)。両側足部の拍動を確認するとさらに良い。拍動無い場合はグラフト脚から血栓塞栓除去を試みるが、より遠位のEIAやFAまで追加バイパスを要することもある。
止血を確認後、瘤壁でwrapping (2-0 Ti-CronTM)、中枢Ao周囲の脂肪織を吸収糸(3-0 POLYSORBTM)で寄せた後、後腹膜とS状結腸外側剥離部を縫合閉鎖。消化管に粗大病変やイレウスの原因となりうる索状物が無いことを確認。生食2,000mlで洗浄し3層に閉創する。
閉創はまず筋膜を1号VICRYL*PlusTMで先に全長にわたり糸をかけペアンなどで把持してから、術者・助手・第二助手の3人で同時に縫合する(より早い閉創ときつい結紮作業を分担するため)。皮下脂肪を乾いたガーゼで強くぬぐい脆い脂肪織を除去すると脂肪融解を防ぎ早期退院に有用である。筆者は皮下脂肪を丸針2-0絹糸で結節縫合で寄せて皮下の死腔を無くし、皮膚を2-0 Nylonのマットレス縫合で閉創する(二層は二人で同時に縫合)。

(xxi) 術後経過

本症例はアリスタAHの初回使用例で、多めに使用した副作用から左下腹部痛と発熱が4病日まで続き軽い肺炎も併発したが、5病日食事開始し12病日自宅退院となった。

参考動画

文献

  • 1. 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2020年改訂版) (班長:荻野 均 日本循環器学会/日本心臓血管外科学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会合同ガイドライン)
  • 2. 古屋隆俊:開腹法による腹部大動脈瘤の治療戦略−−−超高齢者・開腹既往例は除外すべきか? 日心血外会誌.2013; 42(4):260-266.
  • 3. 葛西森夫:Gentle Surgery (その2 会議録).手術.1983; 37(5号): 545-560.
  • 4. 古屋隆俊:Tips & Pitfalls 破裂性腹部大動脈瘤に対するopen surgery.日外会誌 2014; 115(1):41-43.
  • 5. 古屋隆俊:特集テーマ 大動脈瘤治療のup to date c) 傍腎動脈腹部大動脈瘤.日外会誌.2011; 112(1):17-21.