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弁膜症, 不整脈

感染性心内膜炎の外科治療

神戸大学大学院医学研究科外科学講座 心臓血管外科
岡田健次

はじめに

感染性心内膜炎(IE)は元来感染症であり適切な薬物治療がその第一選択であるが,集学的治療をハートチームで進めてゆくべき疾患である.本邦におけるサーベイランス(CArdiac Disease REgistration-Infective Endocarditis [CADRE-IE])では513例のIE患者のうち313例(61%)が外科手術を受け,病院死亡率は11%に及ぶと報告している.特に診断の遅れが重篤な合併症を引き起こす危険な病態である.疣贅塞栓症による脳梗塞,弁膜破壊による急性心不全,敗血症などがその代表的な病態で,早期診断は必須であり薬物治療の限界を的確に判断し適切な時期に外科治療を選択すること2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」にも示されている.IEに対する外科治療戦略について概説する.

診断

Dukeの診断基準(図1,2)の2大基準のひとつの心臓超音波図はIE診断において最も重要な役割を果たす.とりわけ人工弁感染性心内膜炎(Prosthetic valve endocarditis: PVE)に対する経食道心エコー図(TEE)の診断能力は高く膿瘍診断に対する感度,特異度は経胸壁心エコー図(TTE)がそれぞれ28.3%,98.6%であるのに対しTEEは87.0%,94.6%と優れており,本邦ガイドラインでもPVEを疑う場合のTEEは推奨クラスI,エビデンスレベルBである.また最近ではFDG PETなどう新しい画像診断を組み入れた診断基準も提唱されている(図3).

図1:感染性心内膜炎(IE)Duke診断基準(1)
図1:感染性心内膜炎(IE)Duke診断基準(1)
図2:感染性心内膜炎(IE)Duke診断基準(2)
図2:感染性心内膜炎(IE)Duke診断基準(2)
図3:新しい画像診断を組み入れたIEの診断基準,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用
図3:新しい画像診断を組み入れたIEの診断基準,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用

【外科治療適応】

1)進行する心不全,2)心内構築の破壊,3)難治性感染症,4)塞栓症の可能性がある場合に早期の外科的治療適応となる.早期手術には1)緊急手術(抗菌薬投与24時間以内),2)準緊急手術(抗菌薬投与後数日以内),3)待期的手術(抗菌薬投与1~2週間後)に分けられる.図4にIEに対する早期手術推奨とエビデンスレベルを示す.抗菌薬治療が奏効しにくい真菌,グラム陰性菌,MRSAなどの多剤耐性菌は抵抗性であることが多く早期手術が推奨される
塞栓症のうち脳塞栓症は重篤な合併症であり,脳梗塞,脳出血合併症例ではその手術時期決定に難渋することも多い.最近では中枢神経合併症が生じた場合の知見が蓄積され,前向き多施設研究においても発症7日以内に早期手術を行なった場合でも院内死亡,1年死亡率ともに有意な悪化はなかったと報告されており,ガイドラインでも推奨の強さIIa,エビデンスレベルBで手術適応があれば延期すべきではないことを推奨している.ただし出血を伴っている場合,本邦からの多施設研究では発生7日以内での早期手術は出血巣の増大など中枢神経合併症を悪化させるとの報告もあり4週間の待機が推奨される(推奨クラスIIa,エビデンスレベルB).しかしながら,同時に敗血症,心不全の薬物治療が限界に達している困難症例の場合外科治療決定に難渋する.人工心肺時の抗凝固療法の工夫により脳出血症例に対しても出血の悪化を認めないとする報告もある.

図4:IEに対する早期手術についての推奨レベルとエビデンス,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用
図4:IEに対する早期手術についての推奨レベルとエビデンス,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用

IE外科治療のリスクファクター

IE外科治療のリスクファクターに弁輪部膿瘍形成,自己弁感染性心内膜炎(NVE)よりも人工弁感染性心内膜炎(PVE),心不全合併症例などが挙げられている.PVEに加え弁輪部膿瘍合併症例では術前状態は敗血症,心不全,脳梗塞などの合併症を伴う頻度も高く死亡率は33%にも及ぶと報告されている.感染の大動脈弁輪周囲組織への波及は弁輪部膿瘍さらに周囲組織への瘻孔やleft ventricular-aortic discontinuity(LV-Ao discontinuity)を形成し手術手技を大変困難にする.

図5:IE の予後に関連するおもな4つの因子,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用
図4:IE の予後に関連するおもな4つの因子,2017年改訂版の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」より引用

大動脈弁位の外科治療戦略

弁輪部に感染が波及していない場合

感染が弁輪部に波及していない場合には,特に大動脈弁位では一般的に人工弁置換術が施行され,機械弁の良好な成績も報告されている. ただしAATS Expert Consensus guideline は機械弁使用に関し,脳出血合併,大きな脳梗塞合併,重篤な患者,術後経過が長引きそうな患者には避けるべきであるとしている(推奨I,エビデンスレベルC).またハイリスクである透析患者の手術適応は通常通りであるが,人工弁選択は石灰化の観点も鑑み機械弁も含め慎重に選択すべきであるとしている(推奨IIa,エビデンスレベルB).

感染が弁輪部に波及している場合の治療戦略

弁輪部膿瘍定義:Graupnerらは感染壊死物質が心臓血管腔内と交通をもたずに存在するものを弁輪部膿瘍と定義し(ビデオ1),交通の存在するものを仮生瘤と定義している. 弁輪部膿瘍の病態:弁輪部に波及した感染はmitral-aortic intervalvular fibrosa(IVF)に進展しやすく,弁輪部膿瘍から最終的に仮生瘤を形成する.時にLV-Ao discontinuityに至る.

大動脈弁位弁輪部膿瘍の場合

手術の基本は1)膿瘍腔のドレナージ,弁輪部の感染,壊死組織の積極的な除去(radical debridement),2)破壊された弁輪部の再建,3)大動脈弁置換術もしくは適切な導管を使用した大動脈基部再建である(図6).各導管の長所,短所を表に示す.

図6:弁輪部膿瘍合併症に対する外科治療選択のフローチャート
図6:弁輪部膿瘍合併症に対する外科治療選択のフローチャート
表:各種導管の長所,短所
表:各種導管の長所,短所

composite graftを使用した大動脈基部置換術(ARR)

弁輪部膿瘍症例に対する生体弁もしくは機械弁を使用したcomposite graftの報告がなされallograftとの間に遠隔成績の差を認めなかったことが報告されている.

Radical debridement/patch repair後,基部再建を要する場合のビデオを提示する(ビデオ2).

症例は67歳男性.先天性二尖弁が感染し,完全房室ブロック,心不全,敗血性ショック,DICを合併していた.既往症に肺気腫,慢性腎不全,アルコール性肝硬変,るいそう(アルブミン値1.8)を有するハイリスク症例であった.術前のTEEでも明らかに弁輪部膿瘍が疑われ,中等度MR,PFOを伴っていた. 疣贅の付着した2尖弁を摘出すると右冠尖,無冠尖に弁輪部膿瘍を形成していた.同部位を十分郭清したところ大きな欠損を生じたため,欠損部位にウシ心膜を使用し弁輪を再建した.再建弁輪に生体弁(21mm)とバルサルバグラフト(24mm)を用いたcomposite graftを縫着したのち,冠動脈ボタンによる再建,僧帽弁輪形成術,PFO閉鎖,左心耳閉鎖術を行い手術を終了した.

感染性心内膜炎 ②

intervalvular fibrosa (IVF)が破壊された場合
”Commando operation”

弁輪部膿瘍が時にintervalvular fibrosa (IVF)で構成されるAorto-Mitral continuityに及ぶことがあり,同部位を郭清することで大動脈弁,僧帽弁置換術に加え同部位の再建を要することがある.Manouguian切開を要する. 2弁置換術後のPVE,郭清後の大動脈弁輪部の欠損が広範囲となりAVRが困難な場合にはARRが必要となる.Petterssonらは146例の2弁置換術を要したIE症例のうち51例にARRを要する同術式”Commando operation”を報告している.Commando operationはより重症患者により長時間の心筋虚血時間,人工心肺時間を要するため注意が必要である.

Commando手術を要する場合のビデオを提示する(ビデオ3).

症例は73歳男性.11年前に生体弁AVR施行された.熱発持続し心エコー図でPVE疑われ転送された.血液培養ではenterococcus faecalisが検出された.慢性腎不全を合併しCHDF施行し挿管管理中であった.11年前の手術ですでに冠動脈主管部に50%狭窄を指摘されていた.術前TEEではA-M continuityか僧帽弁前尖に広範囲の疣贅付着を認め,高度僧帽弁閉鎖不全症も伴っていた. 大動脈切開をNon coronary sinusへ延長しIVFから左房へ切り込み僧帽弁前尖を含む感染部位の郭清を行った.LCC弁輪部膿瘍を形成しており郭清後欠損した弁輪をウシ心膜で再建した.その後僧帽弁後尖2/3周に人工弁縫着用のeverting stitchを刺入する.人工弁サイズは弁輪拡大されていることもあり31mmを使用,2/3周を縫着固定した.その後僧帽弁,composite graft縫着,左房天井を閉鎖できるようにウシ心膜をトリミングする.A-M continuityは人工弁同士が緩衝しないように10mm程度の距離を保つようにした.トリミングしたウシ心膜を残り僧帽弁輪1/3周に縫着した.左房の天井も同時に閉鎖し,左右のIVFを再建しcomposite graftの縫着ラインを形成した.この際それぞれの交差点で間隙を形成しないよう注意を要する.LCC再建弁輪を含む自己弁輪に加え,自己心膜パッチへcomposite graft縫着糸をnon-evertingに刺入した.Composite graftは生体弁25mm,バルサルバグラフト28mmを使用し縫着した.左右冠動脈ボタン再建,バルサルバグラフト末梢側吻合を施行した.同時にSVGを使用し左前下行枝にCABG追加した.

感染性心内膜炎 ③

ロス手術

ロス手術のIEに対する有用性も多数報告されている.Viableであるがゆえの抗感染性,抗血栓性,大動脈弁としての優れた血行動態など様々な利点を有するが,特に弁輪部膿瘍を合併する場合には破壊された弁輪組織を含む左室流出路を肺動脈導管自己組織(pulmonary autograft)で再建できる.しかしながら1弁手術を2弁手術にすること,心筋虚血時間の延長,本邦では右室流出路再建にホモグラフト使用制限があり遠隔期に圧較差上昇の危険性を有するstentless valveなどの使用を余儀なくされるなどの注意点も有する.

Ross手術(ビデオ4)

大動脈切開し感染弁,疣腫摘出し,大動脈基部を展開し弁輪部膿瘍を十分郭清した.Pulmonary autograftを左冠動脈前下行枝の中隔枝を損傷しないように採取した.左室流出路再建では,3-0撚糸を単結節で2mm間隔で刺入し,結紮の際にはautograftがcuttingしないように自己心膜ストリップを介在させた.冠動脈再建は型通り施行しautograft末梢側を吻合した.右室流出路再建にはsetentless valveにウシ心膜スカートを縫着した導管を使用した(図7).途中大動脈遮断を解除し心筋虚血時間を短縮した.

感染性心内膜炎 ④
図7:右室流出路再建導管(stentless valve & ウシ心膜)
図7:右室流出路再建導管(stentless valve & ウシ心膜)

まとめ

  • 1)大動脈弁位IEに関する手術手技を中心に記載した.特に困難症例となる弁輪部膿瘍形成症例についてビデオ提示した.
  • 2)単独大動脈弁置換術からcommand手術まで術式難易度のバリエーションは幅広いので注意を要する.
  • 3)的確な術前診断に加え,日頃からの手術イメージトレーニングが重要である.
  • 4)弁輪部膿瘍形成症例に対しては早期手術が望ましく,術式の基本は(1)膿瘍腔のドレナージ,弁輪部の感染,壊死組織の積極的な除去(radical debridement),(2)破壊された弁輪部の再建,(3)大動脈弁置換術もしくは適切な導管を使用した大動脈基部再建である.