僧帽弁置換術
名古屋大学医学部附属病院 心臓外科
碓氷章彦
1.対象となる病気
僧帽弁の手術には、自己弁を修復する僧帽弁形成術と、自己弁を切除して人工弁を使用する僧帽弁置換術の2種類があります。僧帽弁形成術では、僧帽弁と左心室の連続性を保つことができるため心機能には有利です。また、人工弁に関連する出血、感染、弁機能不全などの合併症を避けることができるため、僧帽弁形成術の手術成績は僧帽弁置換術よりも一般的に良好となります。このため、可能であれば僧帽弁形成術を施行し、形成術が施行できない病変に対して僧帽弁置換術が選択されます。広範囲な弁病変や、感染による重度の弁破壊など形成術が技術的に困難な症例や、硬化の強いリウマチ性弁病変、弁輪石灰化の強い透析例などが僧帽弁置換術の対象となります。
2.人工弁の種類と特徴
人工弁は大きく分けて2種類あります。動物の組織を用いた生体弁と工業品のみから作られた機械弁です。生体弁はウシの心膜やブタの心臓弁を移植できるように加工したものです。機械弁はパイロライトカーボンという炭素線維でできた弁葉と、チタンのリングからできています。最近は弁葉が2枚の二葉弁が主に使用されています。
それぞれの人工弁には特徴があります。生体材料には血液の塊(血栓)を生じ難い特徴があります。一方、工業品からできている機械弁では血栓を生じ易いため、血液の凝りを止めるワーファリンという薬を一生飲み続ける必要があります(抗凝固療法)。ワーファリンは効きすぎると出血し易くなり、効かないと血栓を生じ易くなるため、定期的に血液検査を行う必要があります。また、生体弁でも手術後3ヶ月はワーファリンの服用が必要です。
一方、人工弁の耐久性は、機械弁が半永久的に使用できるのに対し、生体弁は10から15年前後で弁が硬くなり、良好に開閉できなくなります。最終的には再び弁置換が必要となります。最近はカテーテルによる弁置換術が大動脈弁では可能となって来ていますが、僧帽弁に移植された生体弁に対するカテーテル式弁置換術は、本邦では未だ認められていません。
3.人工弁の選択
生体弁は、大動脈弁に使った場合よりも僧帽弁に使った場合の方が壊れ易く、若い人は高齢者に比してより早く壊れ易いことが分かっています。日本のガイドラインでは、僧帽弁置換術には70歳以上では生体弁、65歳未満では機械弁が推奨されています。医師は人工弁の長所・欠点を熟知した上で、患者の年齢、希望、合併疾患などを考慮して、弁選択を提案する必要があります。十分に患者に情報提供を行い、患者・家族・医師とで話し合い、最終的には患者の判断に委ねることが重要です。
一般には、再手術を希望されない若年者には機械弁を推奨しますが、若年者であっても、妊娠を希望される女性には生体弁を選択します。また、腎不全のために慢性透析を受けている方は、他の方に比べて弁の石灰化が早く進行するため、機械弁を選択する頻度が高くなります。
4.手術成績
2018年の日本胸部外科学会学術集計では、僧帽弁手術は約11,000例に施行され、65%は弁形成術が施行されています。また生体弁置換術は25%、機械弁置換術は10%に施行されています。
僧帽弁置換術の対象となる症例は、僧帽弁形成術が施行できない症例のため、病変は高度で、心不全などの身体症状が重度の症例が多く、手術死亡率が高くなります。2018年の日本胸部外科学会学術集計の30日死亡率は、単独僧帽弁形成術が1.0%であるのに対し、単独僧帽弁置換術は4.3% でした。
5.手術の実際
(1) 心臓への到達法
僧帽弁手術は胸骨正中切開での手術が基本ですが、低侵襲心臓手術(MICS)の普及により、右小開胸による手術が増えてきています。MICS では6cmほどの皮膚切開で手術が行われていますが、胸腔鏡を用い、さらに小さい皮膚切開で手術を行う施設もあります。
(2) 人工心肺
僧帽弁手術は人工心肺を使用して、心筋保護液で心拍を停止させて行います。胸骨正中切開では、上行大動脈に送血管、上下大静脈に脱血管を挿入して人工心肺を装着し、上行大動脈を遮断して、心筋保護液で心拍を停止させます。MICS では鼠径部の大腿動脈と大腿静脈から送脱血管を挿入して人工心肺を装着します。上行大動脈を遮断し、心筋保護液で心拍停止を得ます。
(3) 僧帽弁の展開
僧帽弁の展開には、次の3つの到達法があります。
①右側左房切開
右房と左房の間の両房間溝を剥離し左房壁を露出し、右上肺静脈の左房への流入部を切開し、頭側尾側へ切開を延長し、僧帽弁を展開します。
②経心房中隔切開
右房を切開後、卵円窩で心房中隔を大きく切開し左房へ到達します。
③上方中隔切開
右房前面から右心耳を経て左房頭側へ切開を進めます。心房中隔を卵円窩から筋性中隔へ切開し、左房を大きく展開します。
(4) 僧帽弁の切除
弁輪部から3mm 程度の組織を残して、前尖中央部から前交連、後交連に切開を進めます。この際に前尖弁輪に糸掛を1針しておくと、後の糸掛けが容易になります。前尖に付着する大きな腱策を左右一本づつボタン状に切離し、弁輪に固定して腱策を温存します。後尖は硬化が高度で無ければ、切除せず温存します。硬化が強い場合は弁輪部から3mm 程度の組織を残して切離しますが、可能な範囲で腱策を温存します。腱策が温存できない場合は、Gore-Tex sutureで乳頭筋を弁輪に釣り上げる操作を行います。
(5) 弁輪への糸掛け
プレジェット付の人工弁縫着糸を左房側より左室側へ刺入する翻転マットレス縫合が一般に行われます。弁輪部の3mm程外側から刺入し、弁輪と左室心筋の移行部に刺出します。左室心筋に深くかけると、左室破裂を発症することがあり注意が必要です。運針は、後尖中央から後交連側、次いで後尖中央から前交連側、最後に前尖を運針すると視野展開が容易にできます。後尖を温存する場合は、弁輪に掛けた糸で再び弁尖を刺入し、弁腹を折りたたむように縫合糸を運針します。
(6) 人工弁サイズの計測
人工弁サイザーが弁輪を容易に通過する最大径の人工弁を選択します。
(7) 人工弁の縫着
僧帽弁輪に運針した人工弁縫着糸が等分になるように人工弁の縫合輪に運針します。前尖および後尖中央部を基点とすると配分が容易となります。縫合糸を牽引しながら人工弁を弁輪まで下ろし、縫合糸の弛みないことを確認した後に結紮します。後尖中央、前尖中央、左右をまず結紮した後に、残りの糸を結紮します。
機械弁では二葉弁の2つのピボットが前尖と後尖の中央部に向くantianatomical positionが一般的です。結紮が終了したところで弁葉運動に障害が無いことを確認します。
生体弁では、ストラットが左室流出路へ突出するのを防止するように2つのストラットの間が左室流出路に向かう位置に縫着します。縫合糸がストラットに絡まないように注意します。
(8) 左房切開の閉鎖
人工弁越しに右上肺静脈から左室ベントを留置します。左房は連続縫合で閉鎖します。縫合閉鎖が終わる直前に左心ベントを停止し、左心系を血液で充満させるとともに、肺の加圧を行って心内の空気を十分に排除した後に完全に閉鎖します。
参考動画
参考文献
- 1) 2020年改訂版弁膜症治療のガイドライン,
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf - 2) Thoracic and cardiovascular surgeries in Japan during 2017 Annual report by the Japanese Association for Thoracic Surgery, General Thoracic and Cardiovascular Surgery
https://doi.org/10.1007/s11748-020-01298-2