自己弁温存大動脈基部置換術
藤田医科大学 心臓血管外科
高木 靖
自己弁温存大動脈基部置換術
大動脈弁輪拡張症(AAE)や大動脈解離などにより大動脈基部が拡大する病変に対しては,1968年にBentallらが報告した人工弁付き人工血管(composite graft)を用いた大動脈基部置換術(Bentall手術)が標準術式であった。しかしながら,このBentall手術には機械弁や生体弁などの人工弁使用に関する問題点が指摘されている。すなわち,機械弁においては生涯にわたるワーファリン内服が必須であり,抗凝固療法中は常に出血や塞栓症のリスクがある。一方、生体弁においては抗凝固療法を術後3カ月程度で終了できる利点があるものの,その耐久性に問題があり,ほとんどの症例で10~15年前後での弁の交換を余儀なくされる。これらの人工弁に関連する問題を回避する目的で,大動脈弁を温存する術式(自己弁温存大動脈基部置換術)が考案された。1979年にYacoubが大動脈基部組織と人工血管を縫い合わせて交連部の機能を温存するremodeling法を開始し1)、1988年にDavidらが交連部を含め大動脈基部組織を人工血管に内挿し弁輪部を縫縮するreimplantation法を開始した2)。これらの術式は、特にマルファン症候群の症例や比較的若年者のAAEに推奨されている。両者の違いはバルサルバ洞機能の有無にあるが,機能を持たない後者では,専用の形状をしたValsalva graftが開発されている3)。また、remodeling手術では弁輪の拡大の防止ができないため、リングやGore-Tex糸などによる弁輪形成を同時に行う術式が最近では主流となっている4)。こういった術式の改良を経て,今世紀に入ってからは2つの術式ともに比較的良好な成績が得られている。当初は弁の変形を伴うものは適応から除外されていたが,最近では,逸脱,変形を伴う場合にもcentral plication法や弁尖つり上げ(cusp resuspension)法などの大動脈弁形成術を加えることで,遺残大動脈弁逆流の防止が図られている5)。しかしながら、高度のcusp bendingを伴ったものや、高度の肥厚や短縮を伴ったもの関しては、まだまだ弁尖の処置に関して改善の余地があると思われる。自己心膜を用いた形成も行われているが、遠隔成績は良好とは言えないようである。
大動脈二尖弁に起因する大動脈弁閉鎖不全も自己弁温存大動脈基部置換術の適応となる。2つの交連間の角度が180°前後の症例はよい適応であるが、最近では交連の角度が150°前後も積極的に自己弁温存大動脈基部置換術が行われている。交連角度が120°の場合には、自己心膜等を使用して三尖弁化する例があるが、遠隔成績に関しては不明である。また、大動脈基部の径がそれほど拡大していない症例(特に基部の径が40㎜以下)に対しては、基部置換を行わずに弁輪形成やS-T junction縫縮のみ行って弁形成することが多いようだが、積極的に基部を置換する施設もありその可否に関しては遠隔成績が待たれる。
ビデオの最初の症例は、60歳の男性である。特に合併症などはないが、上行大動脈が拡大し、大動脈の基部径は63㎜であった。TEEにて大動脈弁は3尖で、大動脈弁逆流はmoderate~severeであった。手術は胸骨正中切開下に行い、人工心肺は右腋窩動脈と右大腿送動脈より送血を、上下大静脈より脱血を行った。心筋保護は、右房より冠状静脈洞にblindでカニューレを挿入し使用した。上行大動脈の末梢で大動脈を遮断した。ST junctionの末梢側1㎝で大動脈を離断し、基部をV-A junctionまで丁寧に剥離した。バルサルバ洞を切り抜き、左右の冠動脈ボタンを作成した。左冠尖のgH(geometric height):21㎜・eH(effective height):11㎜、右冠尖のgH:21㎜・eH:9㎜、無冠尖のgH:23㎜・eH:9㎜であった。また、V-A junction径は31㎜と拡大していた。Piehler法にて左右の冠動脈を8㎜の人工血管で再建し、丁寧に止血を行った。心筋保護は順行性に変え、冠動脈の人工血管内にバルーン付きのカニューレを挿入しておき、必要な時に注入した。V-A junctionに対して各交連の下3針、nadir付近3針のプレジェット付きの針糸を通して置いた。体格が大きめであったので26㎜の人工血管に、180°に3つの同じ高さの長めの切れ込みを入れた。交連部はnativeから人工血管に糸を通しておいて、2つの交連を仮固定した状態でバルサルバ洞の長さを決めて舌状に人工血管のトリミングを行った。交連部は結紮固定せずに、nadir付近より5-0ポリプロピレン糸で吻合を開始する。左右に縫いあがって、交連部で固定を行う。無冠洞より初めて、同様のことを左冠洞、右冠洞と行った。次に、基部に吻合したのと同じ人工血管を5㎜幅にリング状に切り取って、このリングの6等分に全て印をつけ、一か所で切ってV-A junctionに通した針糸をそれぞれ6等分の場所に通して結紮したが、結紮する前にそれぞれの糸の間にGore-Tex CV-0糸を通しておいた。人工血管に順行性心筋保護用のカニューレを挿入固定し、血液を注入して縫合部よりの出血を確認・止血した。下垂の程度の強い、右冠尖に予め数針central plicationを行った。生理的食塩水を基部に注入し、60~80mmHgの圧をかけながら内視鏡で大動脈弁の観察をし (加圧下水試験)、下垂している無冠尖に数針central plicationを行い、右と無冠尖にbulging sutureを追加した。最終的には、三尖のcoaptationが良好となった。再建後の左冠尖のeH:11㎜、右冠尖のeH:10㎜、無冠尖のeH:11㎜であった。基部に吻合した26㎜の人工血管を、上行大動脈の末梢に吻合した。左冠動脈に吻合した8㎜の人工血管を26㎜の人工血管の背側に孔をあけて吻合し、右冠動脈に吻合した8㎜の人工血管を前面の心筋保護カニューレ挿入部に孔をあけて吻合した。遮断解除後、経食道エコーでARはtrivialであったので、エコー上のV-A junction径は24㎜であったが、残したGore-Tex CV-0糸はゆるめに結紮した。人工心肺を順調に離脱し、基部の止血も容易であった。
我々の施設では、remodeling法と同時に弁輪形成を行っている。比較的コンセプトが単純であるからである。基本的には、26㎜(体格の大きい方)もしくは24㎜(体格の小さい方)の人工血管用いる。通常は180°に切り込みを入れるが、交連部の高さが極端に違う場合や交連間距離が極端に違う場合は、例外的に切り込みの位置や高さを調節することもある。2つの交連を仮固定した状態でバルサルバ洞の長さを決めて舌状に人工血管のトリミングを行うのは、交連の位置をできるだけ高くすることが目的である。人工血管のリングで弁輪縫縮を行う場合、内側のV-A junction径は人工血管径より通常3~4㎜程度小さくなるとされるが、生理的状態で経食道エコーで計測するともう少し小さくなるようである。V-A junctionの人工血管リングを固定する糸の間にGore-Tex CV-0糸を通して置くのは、拍動が再開した後にV-A junctionを締めることが可能なためで、必要ない時はゆるめに結紮している。ほとんどの症例で術後ARはmild以下になるが、経食道エコーでV-A junctionの締め足りない場合やARが少し多めに残存した場合、残してあるGore-Tex CV-0糸を締めることによりARが減少することがある。心停止中に基部の心筋保護のカニューレから圧をかけて血液を注入して止血しておくと、人工心肺終了後の止血が殆どいらないことが多い。加圧下水試験を行うとより生理的な状態であるため、central plicationやbulging sutureを効果的に追加でき、慣れると逆流量をある程度予想できる。冠動脈再建のPiehler法は、心筋保護が容易で心筋保護中に吻合部の止血ができるのが利点であるが、kinkや閉塞を防止するため最終的には短めの長さにすることが多い。自験例では、cusp bendingの程度の強い症例で遠隔期にARが増強して来るものもあり、cusp resuspension法の追加など工夫が必要であると考えている。
2例目の症例は、43歳の男性である。特に合併症はなく、経食道エコーで基部径は46㎜、severe ARで、左室拡大もあった。Sievers分類Type1 R/Lの二尖弁で交連の角度は150~160°であった。人工心肺、心筋保護等は1例目と同様の方法であった。ST junctionの末梢側1㎝で大動脈を離断した。二尖弁が形成できるか判定するため石灰化部分を丁寧に取り除き、形成性可能と判断したところでvalsalva洞を切り抜き、冠動脈ボタンを作成した。二尖弁で冠動脈の位置が通常とやや違うため基部形成後に再建法を考えることとし、逆行性の心筋保護を行った。Rapheも含め基部をV-A junctionまでしっかりと剥離し、Rapheの弁との癒合部もぎりぎりまで切離した。V-A junctionに対して各交連の下2針、交連と交連の間はnon-fused valve 1針、fused valve 3針(Rapheの部分に1針)プレジェット付きの針糸を通して置いた。予めfused valveを数針弁尖縫合しておき、基部再建後に微調整することにした。体格は小さめであったため、24㎜の人工血管に180°のところで切れ目を入れ三尖の時と同じように人工血管をトリミングして、弁輪に5-0ポリプロピレン糸で吻合した。基部に吻合したのと同じ人工血管を5㎜幅でリング状に切り取って、このリングをfused valve側が以前の比より小さくなるように印をつけ、一か所で切ってV-A junctionに通した針糸をそれぞれ印の場所に通して結紮した。二尖弁症例では今まで後から弁輪を締める必要がなかったので、Gore-Tex CV-0糸は使用していない。加圧下水試験を行うと、fused valveの高さが低いため数針弁尖縫合を行い、non-fused valveも軽度下垂があったため, central plicationを数針追加した。再建後のfused valveのeH:8㎜、non-fused valveのeH:11㎜であった。基部再建後に、Piehler法による冠動脈の再建が可能と思われたため、左右の冠動脈を10㎜の人工血管を吻合した。基部に吻合した24㎜の人工血管を、上行大動脈に吻合した。左冠動脈に吻合した10㎜の人工血管を24㎜の人工血管の背側に孔をあけて吻合し、右冠動脈に吻合した10㎜の人工血管を前面に吻合した。遮断解除後、経食道エコーでARはtrivialであった。最後のビデオでは、別の二尖弁の症例でGore-Tex CV-7糸にてcusp resuspension法を行った症例を提示した。
二尖弁に関しても、人工血管の選択や弁輪部の縫合は三尖の場合とほとんど同じである。150~160°前後の交連の位置の場合、人工血管の切り込み位置を180°にすることにより、交連位置を矯正することができる。また、V-A junctionの弁輪形成の針糸の運針を工夫することにより、この部分での角度の矯正も可能である。また、fused valveの石灰化はCUSA等の使用は少なめにして、丁寧にメスやハサミで除去する方が良いとされている。自験例で術後比較的早期にfused valveの縫合部が数針破綻してARが増強した経験があるため、特にfused valveの縫合部が脆弱な場合は補強ためにGore-Tex CV-7糸にてcusp resuspension法を行うこともある。しかしながら、この遠隔成績に関しては未だ不明である。
参考動画
Legend
- 1)Yacoub MH, Gehle P, Chandrasekaran V, Birks EJ, Child A, RadleySmith R. Late results of a valve-preserving operation in patients with aneurysms of the ascending aorta and root. J Thorac Cardiovasc Surg. 1998;115:1080-90.
- 2)David TE, Feindel CM. An aortic valve-sparing operation for patients with aortic incompetence and aneurysm of the ascending aorta. J Thorac Cardiovasc Surg. 1992 Apr;103(4):617-21
- 3)De Paulis R, Scaffa R, Nardella S, Maselli D, Weltert L, Bertoldo F, Pacini D, Settepani F, Tarelli G, Gallotti R, Di Bartolomeo R, Chiariello L. Use of the Valsalva graft and long-term follow-up. J Thorac Cardiovasc Surg. 2010 Dec;140(6 Suppl):S23-7
- 4)Schäfers HJ, Raddatz A, Schmied W, Takahashi H, Miura Y, Kunihara T, Aicher D. Reexamining remodeling. J Thorac Cardiovasc Surg. 2015 Feb;149(2 Suppl):S30-6.
- 5)de Kerchove L, Boodhwani M, Glineur D, Poncelet A, Rubay J, Watremez C, Vanoverschelde JL, Noirhomme P, El Khoury G. Cusp prolapse repair in trileaflet aortic valves: free margin plication and free margin resuspension techniques. Ann Thorac Surg. 2009 Aug;88(2):455-61