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総論

心筋保護

秋田大学心臓血管外科
山本浩史

開心術では大動脈遮断に起因する心筋虚血再灌流傷害を最小限にとどめる安定的な心停止を得る必要があり、「心筋保護(myocardial protection)」という概念が発達してきた。ここでは、心筋細胞の生理と代謝、冠循環、虚血再灌流傷害の機序と心筋保護の原理と現行心筋保護法について解説する。

1 心筋細胞

心筋細胞の構造

心室筋細胞の内部には多数の筋原線維が束ねられた筋線維があり、(サルコメア)と呼ばれる収縮単位が繰り返され横紋構造を呈している。筋節の両端はZ線と呼ばれ隣接する筋節と結合している。収縮弛緩を司る蛋白としては、ミオシン分子の束である太い線維(ミオシン線維)とアクチン分子の重合体である細い線維(アクチン線維)およびそれに結合した調節蛋白質(トロポニン・トロポミオシン複合体)からなる。また弾性機能を司る蛋白としてZ線間を連結するタイチン(コネクチン)と呼ばれる巨大分子が存在する。細胞膜(形質膜とも呼ばれる)には横行小管系(T管、transverse tubular system)が、筋節の両端(Z線)に沿って洞穴のように細胞内に向かって伸びており興奮収縮連関におけるカルシウムイオンの動員に関与している。

興奮収縮連関

図1
図1

興奮収縮連関は細胞膜の電気的興奮(活動電位の発生)から筋収縮/弛緩という機械的仕事につながる一連の電気生理学的反応である(図1)。活動電位の第0相では電位依存性Na+チャンネル開口によって細胞内に急速にNa+が流入し(Na+電流、INa)脱分極が生じる。その後に一過性のK+流出(ITo)による再分極によるスパイク(第1相)と電位依存性L型Ca2+チャネルを介する長いCa2+流入(ILCa)によるプラトー(第2相)が形成され、続いてK+流出(遅延整流K+電流、IK)による再分極が生じ(第3相)、静止膜電位に至る。静止膜電位(第4相)は高いK+透過性(内向き整流K+電流、IK1)と低いNa+透過性によって分極(細胞膜内側に負の電荷が残る)が維持されている(心室筋で-90mV、心房筋で-80mV ~-90mV)。洞房結節や房室結節における静止膜電位はより浅く(洞房結節:-50mV ~-60mV、房室結節:-60mV~-70mV)、活動電位の自発的発火によるペースメーカー機能を有する。

興奮収縮連関における一連の細胞内Ca2+動態はカルシウムハンドリングと呼ばれている(図2)。心室筋細胞では活動電位(第0相)が生じると、電位変化はT管の電位依存性L型Ca2+チャネルを活性化させ細胞質へCa2+が流入する。細胞質へ流入したCa2+は、T管細胞膜に面している筋小胞体終末槽のCa2+チャネルを開口させ、筋小胞体内のCa2+が細胞質に放出される(CICR、Ca2+-induced Ca2+ releaseと呼ばれる)。筋小胞体内のCa2+はカルセクエストリンに結合して貯蔵されている。心房筋細胞ではT管系が乏しいので、L型Ca2+チャネルの開口によって細胞質へCa2+が流入すると細胞膜直下の筋小胞体によるCICRが生じ、より深い筋小胞体に向けて順次CICRが繰り返される。細胞質Ca2+濃度が上昇するとATPを加水分解しながらアクチンとミオシンの相互作用(クロスブリッジおよびスライディング)を通じて筋収縮が生じる。筋小胞体のCa2+放出は一過性であり、その後、ATP依存性の筋小胞体Ca2+ポンプによるCa2+取り込みが優位となり細胞質Ca2+が低下し筋弛緩が生じる。活動電位とともに生じる細胞質Ca2+の一過性増減をCa2+トランジェントと呼ぶ(図3)。ミトコンドリアもまたCa2+貯蔵が可能であり、上昇した細胞質Ca2+は内膜にあるCa2+運搬体(Ca2+ uniporter)を介してマトリックスにも取り込まれ、クエン酸回路のCa2+依存性脱水素酵素の活性化に関与している(図2)。

図2
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図3
図3

細胞内イオン環境と酸塩基平衡

Na+濃度は細胞外が高く(135-145mM)、細胞内が低いが(6-10mM)、逆にK+濃度は細胞外が低く(3-4mM)、細胞内が高い(100-140mM)。Ca2+濃度は細胞外が1-1.2mMであるのに対し、細胞内は100nM~数μM(弛緩期~収縮期)と細胞外に比して著しく低く維持されている。細胞内へのNa+流入は活動電位の発生、酸塩基平衡、基質(グルコースなど)輸送を可能とし、K+排出は静止膜電位の維持を可能にしている。そのため細胞内外のイオン濃度較差(Na+濃度:細胞外>細胞内、K+濃度:細胞外<細胞内)が必要であり、ATP依存性の能動輸送である細胞膜Na+/K+ pump(ナトリウム/カリウムポンプ)が存在する。
生理的pHは細胞外が7.4であるのに対し、細胞内は7.1~7.2に維持されている。代謝過程でのH+生成はATP利用(加水分解)と解糖系による。細胞内pHの調節(酸塩基平衡)は細胞内緩衝系のほか細胞膜のイオン移動機構であるNa+/H+交換機構、Na+/HCO3-共輸送機構、Cl-/HCO3-交換機構などで制御されている。前2者はNa+濃度勾配を利用しNa+流入を伴う。二酸化炭素(CO2)はクエン酸回路で生じ、細胞外へ拡散し赤血球内の重炭酸緩衝系(炭酸脱水酵素)でH+となり、酸素遊離後のヘモグロビン(Hb)と結合しHbHの形で運搬される。虚血では冠血管床で血液が停滞し、細胞内外を問わずCO2の蓄積が生じる。Lactate-/H+共輸送機構は、好気的(有酸素)状態では乳酸流入とH+流入に動くが、虚血早期や高度頻拍では、解糖系亢進によるH+産生と乳酸産生が増大しともに排出される。

細胞の代謝

心筋のエネルギー基質は、主として60%が脂肪酸(β酸化)、30%がブドウ糖(解糖系)である。ミトコンドリアではβ酸化や解糖系で産生されたアセチルCoAがクエン酸回路に入り、基質分子の水素が脱水素酵素により抜きとられる(図4)。そのうち電子は電子運搬体(NADHやFADH2)を介して内膜の電子伝達系に渡され、複合体間の酸化還元過程でプロトン(H+)が膜間腔に汲み上げられマトリックスとのH+濃度勾配が形成される(その際、約-180mVの内膜電位が形成される)。そのH+濃度勾配を利用して共役するATP合成酵素(F1Fo-ATPase)がATPを合成する。これらの一連の過程は酸化的リン酸化と呼ばれる(図5)。ATPの高エネルギーリン酸(~P)は、クレアチンリン酸シャトルを介してミトコンドリアからクレアチンリン酸として細胞質に運ばれ、再びATPに変換され細胞機能を維持するため利用される。電子は最終的に酸素(電子受容体)に渡され水分子となる。クエン酸回路の酸化過程(酸化的脱炭酸)で生じたCO2は拡散によって細胞外へ排出される。虚血では酸素(電子受容体)が不足し酸化的リン酸化とクエン酸回路は停止する。虚血早期では解糖系が優勢になるが、細胞内の酸性化が進むと解糖系も停止する。

図4
図4
図5
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未熟心筋と加齢心筋

圧負荷に対する適応として、未熟心筋では血管増殖によって血管密度が維持され、心筋細胞の増殖も生じるが、成熟とともに血管密度の低下と細胞肥大が生じる。筋収縮時に必要な細胞質Ca2+は、T管系が未発達である未熟心ではNa+/Ca2+交換機構を介して細胞外から動員されるが、成熟過程でT管系が発達するとL型Ca2+チャネルからのCa2+流入によるCICRで動員されるようになる。筋弛緩時の細胞質Ca2+は、未熟心ではNa+/Ca2+交換機構を介して細胞外へ出されるが、成熟につれて筋小胞体Ca2+ポンプによって取り込まれる。未熟心筋は成熟心筋に比較してより大きく解糖系に依存しており、エネルギー基質として脂肪酸よりも乳酸やブドウ糖を利用している。心臓は加齢に伴い心重量/体重比が増大し、間質の線維化とともにコラーゲン量が増加する。またリポフスチン、アミロイドなどの蓄積が認められるようになる。さらに加齢とともに細胞肥大、心筋重量1gあたりの冠灌流量の減少、冠血管拡張予備能の低下、抵抗血管密度や毛細血管密度の低下が生じ慢性的な低酸素に曝される。

不全心筋

心不全では心室の拡張不全と収縮不全が生じるが、拡張不全の原因は細胞内Ca2+ハンドリングの異常(筋小胞体リアノジン受容体の過リン酸化によるCa2+漏出と筋小胞体Ca2+ポンプの発現減少)により細胞質Ca2+除去能が低下し心筋弛緩の遅延が生じるとともに心肥大や線維化による心筋の硬さの増大による。また収縮不全の原因は、筋小胞体Ca2+貯留の低下による収縮時Ca2+動員の低下、筋原線維のCa2+依存性発生張力の低下で生じるが、アポトーシスによる細胞死や線維化もそれに関与する。心不全ではNa+/Ca2+交換機構の発現が増大しその逆モード(細胞外からのCa2+流入)が増強している。これは細胞内Ca2+ハンドリングの異常と相まって細胞質Ca2+量を恒常的に高い状態に維持している。圧負荷肥大心では心筋重量増大に比較して血管増殖能は低く、経時的に血管密度が低下する。

2 心筋虚血再灌流傷害の機序

心筋スタニング

虚血再灌流による心筋傷害では可逆的部分と不可逆的部分があり、前者を心筋スタニングと呼ばれ、後者は細胞死(心筋梗塞、アポトーシスなど)を来した状態である。心筋梗塞は細胞膜傷害を伴う細胞死であり細胞内酵素の逸脱が生じる。安全に行われた開心術では、心筋梗塞(逸脱酵素上昇)は生じないので、術後心機能はスタニングを経て手術前値(回復率100%)にもどる。

虚血性拘縮と再灌流傷害(図6)

図6
図6

虚血によって急速に心停止に至るが、ある時間が過ぎると心筋の拘縮が生じる。再灌流すると早期に過剰収縮が生じてから徐々に心機能が回復するが、心筋傷害の程度によって低い収縮期圧(収縮機能障害)と高い拡張期圧(拡張機能障害)が残存する。虚血中の心筋拘縮は、ATPの低下によってミオシン線維へのATP結合が低下し、アクチンとミオシンのクロスブリッジが解除されない状態であることを示している。再灌流早期に見られる過剰な心筋収縮は再灌流の多彩な細胞内機序を反映し、低心機能残存の原因となる。その機序は①細胞内Ca2+過負荷、②活性酸素種の発生、③ATP低下、④細胞内pHの急激な変化によって特徴付けられる。

細胞内の酸性化とCa2+過負荷

ATP利用と解糖はH+を生成するため、虚血では細胞内の酸性化が進む(図7)。虚血によって細胞内H+の増加が緩衝系の能力を超えると、Na+/H+交換機構によるH+排出とNa+流入が生じ細胞内Na+濃度が上昇する。虚血中、細胞内H+によって抑制されているNa+/Ca2+交換機構が、再灌流時のH+洗い出し抑制が解除されるとNa+排出/Ca2+流入が生じ細胞内Ca2+過負荷に至る(図8)。細胞内ATPの推移はNa+/K+ポンプ活性に影響し、ATP濃度が低ければNa+/K+ポンプは細胞内Na+濃度低下への寄与が乏しい。また他の要因として細胞膜Ca2+チャネルを介するCa2+流入、筋小胞体Ca2+ポンプの抑制、補体活性亢進やラジカル発生等による傷害細胞膜を介するCa2流入も細胞内Ca2+過負荷の要因である。ミトコンドリアはCa2+の緩衝機能を有しており細胞質Ca2+過負荷が生じると、ミトコンドリア内膜のCa2+運搬体がCa2+を取り込み細胞質Ca2+を低下させようとする。細胞内Ca2+過負荷はミトコンドリアCa2+過負荷を来す。

図7
図7
図8
図8

活性酸素種(図9)

図9
図9

活性酸素種(スーパーオキシドラジカルやヒドロキシラジカル、過酸化水素)は酸素分子に対する不十分な電子供給過程で生じる。虚血再灌流による活性酸素種の発生源としては、ミトコンドリア電子伝達系とヌクレオチド分解が重要である。ミトコンドリアでは、電子受容体であるO2が虚血時に欠乏し電子運搬体(NADHやFADH2)からの電子が電子伝達系内に停滞すること、および再灌流時におけるO2濃度の急激な上昇によって活性酸素種が発生する。また虚血中のアデニンヌクレオチドの分解(ATP、ADP、AMP)から脱リン酸化と脱アミノ化を経てイノシンが生じた後、ヒポキサンチン→キサンチン→尿酸の過程で活性酸素種が発生する。ミトコンドリアにおいて発生した活性酸素種は電子伝達系からチトクロームCを漏出させ、カスパーゼ9を介してアポトーシスに致る(図10)。過酸化水素(H2O2)はラジカル種に比較し寿命が長く脂質膜を通過するため、細胞内に広く広がる。H2O2は一電子還元を受けて酸化力が強いヒドロキシラジカルに変化し、膜リン脂質の酸化を経て脂質ラジカルが発生し、膜の自動過酸化による膜傷害に至る。

ミトコンドリア膜透過性遷移孔(図10)

図10
図10

電子伝達系における電子の停滞は、ミトコンドリア膜間腔へのH+汲み上げで得られる内膜電位(約-180mV)を脱分極させ、その結果、ミトコンドリアの分裂と自食作用(マイトファジー)を来す。また再灌流時の特徴としてミトコンドリアのCa2+濃度上昇、活性酸素種発生、ATP低下、急激なpH回復によって膜透過性遷移孔(permeability transition pore)が開口し、細胞質へのCa2+漏出が生じネクローシスに関与する。細胞質Ca2+過負荷はATP欠乏と相まって、過度な筋収縮による収縮帯(contraction band)を形成し、Ca2+依存性蛋白分解酵素の亢進によって細胞膜および細胞構造を支持する蛋白の崩壊を助長する。

側副血行を介する冠循環の影響(図11)

図11
図11

大動脈遮断中には、わずかながらも冠循環があり、それは虚血心筋に対する保護効果に少なからず影響をおよぼす。大動脈遮断中に冠微小循環へ灌流する経路としては、①気管支動脈から冠動脈を介する経路、②逆行性経路によって冠静脈を介する経路、③心内腔と直接つながる経路があり、これらが冠血管床にたたずむ心筋保護効果に影響を及ぼす。気管支動脈からの冠動脈への側副血行路を有する頻度は、正常心で22%、冠動脈疾患患者では48%に認められと報告されている。また冠静脈からの逆行性灌流によって冠微小循環に達する量は全灌流量の55%程度であり、残り45%は直接心腔内に出ると報告されている。これは冠静脈と冠微小循環と心腔の間に交通があることを示している。このような解剖学的な特徴は、大動脈遮断中においても体外循環血液が冠血管床に持続的に流れ込み、冠血管床にたたずむ心筋保護液の希釈が生じ、心筋保護効果を左右する。さらにこれらが心臓全体に均一に生じるのではなく、左右心室筋の差、心内膜側と心外膜側の心筋の差、局所的な心筋部位の間の差を生み、術後の壁運動異常に関与する。

3 開心術中心筋保護の原理と現行心筋保護法

急速心停止と保護効果増強の工夫

大動脈遮断(冠循環停止)から心停止に至るまでの心拍動によるATPやクレアチンリン酸(CP)の消費を節約すると、細胞内の酸性化防止とATP温存によって術後心機能温存に寄与する。そのためには可逆的に活動電位第0相(Na+電流)を抑制する電解質組成や薬物組成の保護液を投与し、興奮収縮連関を急速に停止させる。心停止させる電解質濃度の設定として①高K+濃度による膜電位脱分極(脱分極型)、②低Na+濃度によるNa+電流抑制(細胞内液型)、③薬物による興奮収縮連関の停止に分けられる。脱分極型としては細胞外K+濃度を20mM程度まで上昇させると細胞膜は-40mV程度まで脱分極し(図12)、Na+チャネルは不活化状態となり興奮収縮連関が妨げられる(様々な実験的/臨床的検討によって至適K+濃度は10mMから30mMの範囲)。また細胞外Na+濃度を10~20mM程度まで低下させると、細胞内Na+濃度(6~10mM)との差が小さくなりNa+電流が生じにくいため興奮収縮連関が妨げられる(図13)。薬物を用いる方法としては、Na+チャネル阻害薬(プロカイン、リドカイン等)によってNa+チャネルを阻害する方法、ATP感受性K+チャネル開口薬(例:ニコランジル)による膜電位過分極(外向きK+電流)によって膜電位をNa+チャネル活性化閾値以下にする方法がある。他に有効性が認められている方法としてA1受容体刺激薬(アデノシン)、超短時間作用型β受容体拮抗薬(エスモロール、ランジオロール)などがある。
基本的組成の点から代表的心筋保護液を分類すると(図14)、晶質液心筋保護液として細胞外液に近いNa+濃度(120mM)で膜脱分極型(K+濃度:16mM)のSt. Thomas液と細胞内液に近いNa+濃度(12mM)で軽度膜脱分極型(K+濃度:10mM)のBretschneider液(HTK液)、血液心筋保護液として膜脱分極型(K+濃度:20-30mM)のBuckberg液と、高K+濃度にリドカイン(Na+チャネル阻害作用)を併用したdel Nido液がある。心停止の確実性増強のためSt. Thomas液には16mMのMgCl2(Ca2+チャネル阻害作用)、Bretschneider液には局所麻酔薬(Na+チャネル阻害作用)が併用される場合もある。未熟心筋では成熟心筋に比較して細胞外Ca2+の影響が大きいため(Na+/Ca2+交換機構の役割が成熟心に比して大きい)、新生児では心筋保護液のCa2+濃度を低めにする必要がある。H+緩衝剤として晶質液心筋保護液には重炭酸やヒスチジン等が使われているが、血液心筋保護液では赤血球がH+緩衝としての役割が大きい。他に薬物によるNa+/H+交換機構抑制も保護作用を示す報告がある。実験的には酸性(低pH)液(Na+/H+交換機構抑制)の有効性を示す報告もある。

図12
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図13
図13
図14
図14

心筋温の管理

虚血再灌流後の心機能回復率に対する虚血時間や虚血温度の影響を調べた実験的研究では、回復率は虚血時間に依存して直線的に低下するものの、虚血温度25℃以上では回復率が急激に低下する変曲点があることがわかった。これは25℃以下の低温は心筋保護として安心感があることを示している(図15)。様々な虚血温度で虚血時間の延長による心機能回復率と残存ATP含量への影響を調べた実験的研究では、低温では虚血時間が延長しても心機能回復率、残存ATP含量が低下しにくいのに対し、常温では虚血時間の延長によって心機能回復率、残存ATP含量ともに著しく低下した(図16)。心筋の残存ATP含量は術後心機能に影響するため大動脈遮断中の心筋温管理が心筋保護の重要な鍵となる。
ミトコンドリアにおけるATP産生は酸素消費量と共役し温度に依存している。心筋ATP含量はATPの産生と消費のバランスの結果であり、両者が同じなら一定レベルである。心筋ATP含量を一定レベルに維持する酸素消費量は、ATP消費が多い常温では多くなり低温ではその逆となる。大動脈遮断中の冠血管床には限られた酸素量しかないことを考慮すると、低温に比し常温では血液心筋保護液の酸素供給予備力は小さく、虚血時間の遷延によるATP含量の低下が低温より常温で大きいと考えられる(図17)。臨床的に常温心筋保護法と低温心筋保護法を比較した報告では、近年は常温心筋保護法が勝っているという論文が多いものの、大動脈遮断時間が75分以上1)や肥大心2)では低温心筋保護法の方が勝っている。
心筋温への影響因子として①心臓外からの冠動脈への側副血行(non-coronary collateral flow)、②冠静脈洞からの逆行性灌流、③心腔からの冠微小循環への交通、④肺静脈から左心房への還流、⑤胸部下行大動脈からの放熱、⑥無影灯からの放射熱がある。これらは心臓全体にわたって心筋保護が一様にならない状況を起こし得るので注意が必要である。現在においても虚血中の臓器保護対策としては低温が主流であり、長時間大動脈遮断が予想される場合には、心筋を低温に保ち、補強のため氷泥(ice slush)による心嚢内心筋冷却も有益な保護対策である。低温によって血液が泥化(sludging)し血液粘性を高める傾向にあることと、末梢心筋組織での酸素解離(酸素供給)が不充分になることから高度の低温は薦められないが、長時間の大動脈遮断を要する高難度手術や選択的脳灌流を併用する大動脈手術では低体温体外循環とともに安定的な低温心筋保護を遂行することが肝要である。充分な酸素供給が不可能な晶質性心筋保護法では低温心筋保護が必須である。

図15
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図16
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図17
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確実な心筋保護液灌流(順行性投与と逆行性投与)

心臓全体に均一な心筋保護効果を担保するため、充分な灌流量と灌流分布の均一性が重要である。順行性投与は生理的灌流として心筋保護法の基本であるが、冠動脈狭窄例では心筋保護液の不均一灌流が生じること、肥大心例では冠血管抵抗が大きいため高い注入圧が必要であり、心筋重量あたりの灌流量が少なくならないように2倍量程度の注入が望ましい。また逆行性投与は冠動脈狭窄症例で有用であるが、テベシアン静脈(Thebesian vein)から右心室腔への短絡が存在するため注入量の50%程度しか心筋微小灌流に達しないこと、注入カニューレが深いと右室心筋や左室下壁心筋の保護効果が低下するリスクがある。症例に応じて注入方向(順行性、逆行性、両方向性)を工夫することが安全な心筋保護の鍵である。また大動脈遮断中でも冠血管床にたたずむ心筋保護液の組成が持続的に変化するため、心拍動がみられることもあり、その都度、心筋保護液の注入が必要である。

統合型心筋保護法(有効な心筋保護法の組み合わせ)

統合型心筋保護法(integrated blood cardioplegia)3)は、大動脈遮断後の心筋保護導入時に常温心筋保護液投与(warm induction)、大動脈遮断中は低温心筋保護液の順行性および逆行性の間欠的投与、大動脈遮断解除直前には常温心筋保護液投与(terminal warm cardioplegiaまたは“Hot Shot”) など保護効果が高い手段を組み合わせて最良の心筋保護を行う方法であり、現在では施行プロトコールとガイドラインが用意されている4)。他の組み合わせ方式として、通常の心筋保護法の後に、再灌流傷害の軽減を目的として、大動脈遮断解除前に薬剤添加(ニトログリセリン、アデノシン、リドカイン等)心筋保護液および体外循環回路血(正常K+濃度)を順行性または逆行性に投与するcontrolled reperfusionと呼ばれる方法もある5)。

持続灌流法(心筋を虚血に曝せない心筋保護法)

心筋保護液の持続灌流(retrograde continuous cardiopegia)は心筋虚血および再灌流傷害の回避に有用であり、多様な術式に適用可能なため現在でも広く行われている。持続灌流法の欠点としては手術中の無血視野の確保が時として難しいこと、心臓の脱転などにより灌流量が不安定になりやすいため灌流の均一性と確実性に注意を払う必要がある。常温心臓手術(Warm heart surgery)6)は、心停止下の好気的代謝を目的として高K+常温血液心筋保護液の持続灌流が提唱されたが、①無血視野の確保が難しい、②血液希釈の程度が強い、③末梢血管拡張、④高K+血症等の欠点がある。

Mini-cardioplegia(Microplegia)

常温心臓手術における欠点(血液希釈、末梢血管拡張)を克服し、単純な回路で心筋保護効果を得るために考案された方法7)で、体外循環回路の血液を分流し、カリウム製剤(KCl)等を注入する薬液ポンプからのチューブを分流回路の側枝に連結して順行性または逆行性に投与する回路で、専用回路が製品化されている。

心筋保護因子の付加および心筋攻撃因子の除去

虚血心筋細胞に対する保護の付加として、ATP感受性K+チャネル開口薬(ミトコンドリア内膜のATP感受性K+チャネル開口による心筋保護作用)、A1受容体刺激薬(プロテインキナーゼCを介する心筋保護作用)、Ca2+チャネル拮抗薬、緩衝作用を増強させる薬剤(THAM、重炭酸、ヒスチジンなど)などが報告されている。虚血プレコンディショニング(一過性の虚血および再灌流が後に続く虚血再灌流傷害を軽減させる効果)は実験的に有効性が明らかであるものの、臨床面(例:体外循環を使用しない冠動脈バイパス)では、その効果に関する報告は充分ではない。エネルギー産生強化による保護効果増強のため、心筋保護液へのエネルギー基質の添加や酸素化が行われる。エネルギー基質としての添加はブドウ糖、アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)などである。心筋保護液への酸素加に関しては、血液心筋保護液は酸素加血液(体外循環血液)を常に含有しているが、晶質性心筋保護液においても酸素加(溶存酸素増大)の効果は認められている。
攻撃因子の除去としては、虚血再灌流で生じる活性酸素種(スーパーオキシドラジカル)に対するSOD(superoxide dismutase)の有効性が実験的に示されている。好中球由来の活性酸素(過酸化水素)やヒドロキシラジカルの影響を除去するため血液心筋保護液から白血球除去を行うことが臨床的にも行われている。

参考文献

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