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弁膜症, 不整脈

三尖弁手術

愛媛大学大学院 心臓血管・呼吸器外科学
泉谷 裕則(いずたに ひろのり)

後天性の三尖弁疾患は、ほとんどが三尖弁閉鎖不全症(Tricuspid Regurgitation: TR) 、同義の三尖弁逆流である。三尖弁狭窄症はまれで主な原因はリウマチ性であったが、その他の原因に、SLE、右房粘液腫、転移性腫瘍などがある。TRは、一次性(器質性)と二次性(機能性)に分けられ、二次性TRの多くは右室の圧負荷や容量負荷による右室拡大、心房細動による右房の拡大、または右室心筋の障害などで、三尖弁輪拡大や三尖弁のテザリングが生じ、その結果、三尖弁尖の接合が悪くなることにより生じる。僧帽弁疾患、心房中隔欠損症、慢性心房細動、肺高血圧症に合併することが多い。ここでは手術の対象となる三尖弁疾患のほとんどを占めるTRに対しての手術について主に解説する。

複合弁手術が主で単独手術の少ない三尖弁手術

三尖弁手術は、単独弁疾患に対しての手術は少なく、2017年の日本胸部外科学会集計で弁膜症手術全体の2.7%(年間615例)であった(1)。一方で、三尖弁手術の90.2%が僧帽弁や大動脈弁との同時手術で、僧帽弁との組み合わせが最も多く、複合弁手術として行われている(図1)。三尖弁手術のうち97.2%は三尖弁形成術で、2.8%が弁置換術であり圧倒的に形成術が多い(図2)。TRに対する多くの手術が三尖弁形成術で、三尖弁輪縫縮術(Tricuspid Annuloplasty: TAP)が主な術式である。TRの病因の多くは二次性TRであり、その病態は①三尖弁輪が後尖・前尖を中心に外側に拡大すること、②三尖弁の立体的な構造が平坦化すること、③右室拡大に伴う三尖弁テザリングが発生することである(図3)。したがって、多くの症例は三尖弁輪縫縮術で対応可能である。しかし弁尖の変形や破壊が著明な症例や、右室拡大が顕著で高度な弁輪拡大・高度テザリングを有する症例においては、症例に応じて弁輪縫縮術に加えて弁尖の拡大術や弁尖接合術などの弁形成術、または弁形成術が困難と想定される症例には人工弁置換術が選択される。

日本における弁膜症手術件数(左:弁種類別割合、右:複合弁手術割合)A:大動脈弁、M:僧帽弁、T:三尖弁(文献1)より引用作図
図1 日本における弁膜症手術件数(左:弁種類別割合、右:複合弁手術割合)A:大動脈弁、M:僧帽弁、T:三尖弁(文献1)より引用作図
日本における三尖弁手術(左:三尖弁単独手術と複合手術の割合、右:弁置換術と弁形成術の割合)(文献1)より引用作図
図2 日本における三尖弁手術(左:三尖弁単独手術と複合手術の割合、右:弁置換術と弁形成術の割合)(文献1)より引用作図
三尖弁の解剖(左)と弁輪拡大によるTR(右)A : 前尖 ,P : 後尖,S : 中隔尖,AVN: 房室結節,CS: 冠状静脈洞,% : 弁輪拡大率
図3 三尖弁の解剖(左)と弁輪拡大によるTR(右)A : 前尖 ,P : 後尖,S : 中隔尖,AVN: 房室結節,CS: 冠状静脈洞,% : 弁輪拡大率

手術適応

弁膜症手術症例数の増加に伴い、TRに対して外科治療を必要とする症例も増えている。しかし、TRに対する外科治療の適応と至適時期については議論の対象になっており、十分なコンセンサスが得られていない部分も多い。その主な理由は、TRの原因が多岐にわたりさまざまな臨床因子がその病態や予後に関係していることと、TRに対する外科治療は有効だが、その適応に関しては臨床エビデンスが不足していることである。一方で、重症TRへの手術介入の遅れは,不可逆性の右心機能低下に加え、右心不全による肝機能障害や腎機能障害、カヘキシアなど全身状態の悪化を招き、予後不良となることが指摘されている。
重症TRは、予後に関して独立危険因子であることが知られている。そのため重症TRについては、日本循環器学会/ 日本胸部外科学会/ 日本血管外科学会/ 日本心臓血管外科学会合同ガイドラインにおいて僧帽弁手術と同時に手術を行うことが推奨されている(2)。表1に左心系弁手術を行う際の二次性TR に対する手術適応の推奨を示す。中等度以下のTRについては、弁膜症手術時に放置した場合に減少あるいは消失するという報告がある一方で、僧帽弁手術の際に放置された軽度のTRが術後に増悪したり、あるいは術前にTRがない症例においても術後に新たにTRが生じたりするもとも報告されている。術後のTR残存や再発のために右心不全に難渋することがあり、弁膜症再手術の成績は必ずしも良好でないことから、弁輪拡大や心房細動を伴う二次性TRに対しては積極的に手術を行うべきであるとする考え方もある。

左心系弁手術を行う際の二次性三尖弁閉鎖不全症に対する手術適応の推奨(文献2)より引用
表1 左心系弁手術を行う際の二次性三尖弁閉鎖不全症に対する手術適応の推奨(文献2)より引用

二次性TRは内科治療で重症度が改善することが多い。しかし、いったん内科治療で改善しても再び重症化して右心不全を繰り返すことが多いのも二次性TRの特徴である。こうした二次性TRでは、適切な手術時期を逃すとうっ血による肝腎機能の低下が進行して周術期リスクが上昇したり、右室拡大の進行による三尖弁のテザリングが生じて三尖弁形成術が困難となったりすることがある。二次性TRでは内科治療への反応をみながら適切な時期に手術適応を検討することが重要である。しかし、この内科治療と外科的介入の時期については確立されていない。二次性TRにおいて問題とるのは、僧帽弁疾患など心臓手術後の二次性TRと心房細動を伴う二次性TRである。ガイドラインでは、これら2つの単独二次性TRの手術適応についての推奨もある(表2)。

単独二次性三尖弁閉鎖不全症に対する手術適応の推奨(文献2)より引用
表2 単独二次性三尖弁閉鎖不全症に対する手術適応の推奨(文献2)より引用

手術術式(三尖弁輪縫縮術)

TRは、主に前尖と後尖の弁輪拡大により生じるため(図3)、この部位の弁尖や弁輪縫縮・形成を行い前尖と中隔尖の二尖化を図るKay法(annular plication)や、後尖と前尖の弁輪を巾着縫合して縫縮するDeVega法(semicircular annuloplasty)のsuture annuloplastyが歴史的に行われてきた(図4)。suture annuloplastyは容易であり短時間で行えるが再発率が高いとする報告が多く、近年では弁輪形態の安定化・弁輪縫縮を目的に人工リングを弁輪に縫着するring annuloplastyが三尖弁輪縫縮術の主体である。TRにおいても中隔尖弁輪の拡大は軽度で、また房室結節の刺激伝導路が近いため、房室ブロックの合併症を回避するために前尖寄りの中隔尖弁輪には縫着糸をかけない。この部分にはリングを縫着しないため、市販の人工弁輪は形状がpartial ringである。

図4 TRに対しての代表的なsuture annuloplasty(左:Kay法、右:DeVega法)
図4 TRに対しての代表的なsuture annuloplasty(左:Kay法、右:DeVega法)

人工リングは三尖弁輪を生理的な収縮期立体構造へ近づけるsemi-rigidのpartial ring(3)と三尖弁輪の生理的な構造と心周期に応じた弁輪変形への追従性を保持するflexible bandが用いられる。立体構造を有するsemi-rigidのpartial ringには弁輪縫縮効果に加え弁輪の収縮期3D構造維持効果が期待されることからflexible bandとくらべ信頼性が高いとの報告もある (4)。一方、flexible bandは人工リング離開や破損が少ないとの利点を有すると報告されている。表3にsemi-rigid ring とflexible band のそれぞれの特徴と代表的な製品の外観を示す。ring annuloplastyの術後、中等症以上のTR再発率は5年で約10%と報告されており、suture annuloplastyによる発症率20~35%と比較して良好な結果である。メタ解析においては、生命予後に有意差は認めなかったが、中等症以上のTR回避率は15年でring annuloplastyは78.9%、suture annuloplastyは60.0%であった。

表3 人工リング、semi-rigid ring とflexible bandの特徴と製品外観
表3 人工リング、semi-rigid ring とflexible bandの特徴と製品外観

また、術後遠隔期TR発症の危険因子として、術前TRの重症度、大きな三尖弁輪径、10mm以上の高度テザリング、心房細動、 僧帽弁置換術の同時手術、低左室機能、経静脈ペースメーカーリードが報告されている。人工リングのサイズについては、患者の体格、弁輪拡大の度合、TRの程度により、どの程度の弁輪縫縮を行うかを考慮しリングサイズを決定する。しかし一定の基準はなく、術者や施設の経験などに委ねられているのが現状である。TRの制御においては、リングサイズは関係ないとする報告がある一方、小さめのリングの使用がTR制御に優位であったという報告もある。二次性TRであれば小さいサイズのリングによる三尖弁狭窄などの合併症の報告はないが、TRをゼロにすることを目指すのではなく、制御することが目的であるため体格から逸脱したサイズの選択は避けるべきである。

手術術式(三尖弁輪縫縮術)

高度テザリングを有する症例や、弁尖の接合がまったく得られていないような症例では、右室拡大や機能低下を合併する症例が多く、弁輪縫縮術のみでは術後再発のリスクが高い。そのような症例に対し、弁輪縫縮術に加え自己心膜や異種心膜にて弁尖をパッチ拡大することにより弁尖の可動性を維持して弁接合を改善させるleaflet augmentation がある(手術ビデオ視聴可能)。また、3つの弁尖端の中央を縫合することで三弁口化するclover technique(edge-to-edge法)などの弁形成術の有用性が報告されている。ペースメーカーリードが原因で弁尖の接合不良などがある場合は、可能であればペースメーカーリードの抜去を検討するがそれが困難な症例では、ペースメーカーリードの弁輪部への固定や弁尖の形成などが必要になることがある(手術ビデオ視聴可能)。また、右室拡大、高度テザリングを有する症例に対して、人工弁輪縫着時にテザリングの改善を目的とした右室乳頭筋や弁下組織に対する追加手術手技としてspiral suspension法、乳頭筋接合術などの有用性も報告されている。しかしながらいずれの術式もその長期成績や耐久性については不明である。

手術術式(三尖弁置換術)

感染性心内膜炎で弁形成術が困難な症例やリウマチ性弁膜症により狭窄兼閉鎖不全の症例、再手術症例で弁尖の器質的変化が強い場合は、人工弁置換術を余儀なくされることがある。人工弁置換術が行われた症例は、三尖弁輪縫縮術症例よりも右室機能の回復が悪く予後不良と報告されており、TR制御のための安易な人工弁置換術の選択は推奨されないものの、人工弁置換術と三尖弁輪縫縮術の早期・遠隔期成績に差はなく同等であったとする文献もみられる。三尖弁形成術では逆流の遺残が予測される症例や、弁尖の高度変性、破壊のある症例では、弁置換術の適応となる。人工弁選択において一般的に機械弁では血栓弁と抗凝固療法による出血リスクが、生体弁では長期耐久性が問題となる。わが国では機械弁のリスク回避から生体弁が選択される傾向にあり、2017年の統計では三尖弁置換術177症例中163例(92.1%)に生体弁が用いられているが、早期および遠隔期予後から優劣はつけられず議論の余地を残している。左心系の弁に機械弁が使用されている症例では、機械弁を使用する選択もある。今後は生体弁であれば将来的にvalve-in-valveの可能性も念頭においた人工弁選択が必要となる。

手術の工夫

弁膜症手術は胸骨正中切開が標準術式であるが、僧帽弁疾患などでは右小開胸による低侵襲心臓手術(MICS)が行われるようになった。三尖弁手術においても同様で、僧帽弁との同時手術においてもMICSで行われるようになってきた。特に再手術症例においては、再胸骨正中切開による手術は死亡率が高いため、MICSが施行可能な施設においては積極的に行われるべきである。MICSの低侵襲性が明らかなため、今までは右心不全のため再手術が躊躇されるような症例においても有用であると考える(手術ビデオ視聴可能)。
三尖弁手術は、通常心停止下で行うが、心拍動下で行うことも可能である(5)。心拍動下手術の利点は、三尖弁の生理的な状態(弁接合、弁逆流)が観察でき評価が容易である、弁輪の形態や大きさが把握しやすく手術デザインが容易である、心停止時間を短縮できより安全な手術が行えることがあげられる。心停止下では心筋の弛緩により心拍動下に比べ弁輪が大きくなるため、選択する人工リングのサイズが大きくなる傾向が危惧される。このように心停止下と心拍動下では弁輪の大きさに違いがあることを認識する必要がある。
さらに、再手術例をMICSで行う場合、心嚢内の癒着については再胸骨正中切開を行う場合と同様に剝離が必要である。しかし、心拍動下手術であれば上行大動脈遮断が不要のため広く剥離を行う必要がなく、右房周囲の最小限の剥離だけで可能である。

TRに対しての手術では、以下の点を考慮して手術を行う。
・アプローチ:胸骨正中切開かMICSか
・心停止下か心拍動下か
・suture annuloplastyかring annuloplastyか
・人工リングの種類とサイズ semi-rigid ringかflexible bandか
・追加手技が必要か

あらゆる心疾患において、TRは予後規定因子となることが報告されており、TRを正しく評価、制御することの重要性が指摘されている。TRは左心系弁膜症に合併することが多く、多くの手術も同時に行われている。手術の派手さや斬新な手技もなく、外科医にとっては後回しにされてきた感がある。内科医にとってもTRは薬物療法に反応することが多く、現時点ではカテーテルインターベンションの対象でないために概して関心が薄いように思われる。そのため、臨床上のTRの重要性が示されていても手術の適応や手技においては、大きく脚光を浴びることはなかった。今後さらなる臨床データの蓄積やカテーテルインターベンションの登場でその重要性が増していくと考えられる。外科医が、TRを正しく制御し予後改善に寄与するとすれば、内科医の信頼を得ることができる。MICSや心拍動下の低侵襲な手術など新しい手法を駆使し、TRをなおざりにしない努力をする必要がある。

参考動画

図表

参考文献

  • 1. Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery, et al: Thoracic and cardiovascular surgeries in Japan during 2017: Annual report by the Japanese Association for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg. 2020; 68:414-449
  • 2. 泉知里、江石 清行ほか:日本循環器学会/ 日本胸部外科学会/ 日本血管外科学会/ 日本心臓血管外科学会合同ガイドライン.弁膜症治療のガイドライン(2020年改訂版).
  • 3. Mathur M, Malinowski M, Timek TA, et al: Tricuspid Annuloplasty Rings: A Quantitative Comparison of Size, Nonplanar Shape, and Stiffness. Ann Thorac Surg. 2020; 110:1605-1614
  • 4. Izutani H, Nakamura T, Kawachi K: Flexible band versus rigid ring annuloplasty for functional tricuspid regurgitation. Heart International 2010; 5: 64-68
  • 5. Izutani H, Nishikawa D, Kubota Y, et al: Beating-heart tricuspid annuloplasty using the Tailor Flexible Ring. Asian Cardiovasc Thorac Ann 2010; 18: 489-90.