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重症心不全

心臓移植

東京大学心臓外科
小野 稔

1.心臓移植のはじまり

1967年12月3日に南アフリカのChristiaan Barnardが世界での第1例目を行って以来、心臓移植は既存の治療法では救命が困難な重症の心不全の外科治療として世界で広く行われている。国際心肺移植学会(ISHLT)の2019年の心臓移植報告によると、2017年12月までに約14万例の心臓移植がISHLTに登録された1)。わが国では、1968年8月に当時札幌医科大学の和田寿郞が世界30例目の心臓移植を施行したが83日目に死亡した。その後、脳死臓器移植はわが国ではタブー視され、1997年10月に臓器移植法が施行されるまでは事実上実施不可能であった。法律施行後1999年2月28日に大阪大学で心臓移植第1例目が行われた。しかしながら、この時点の臓器移植法では意思表示カードへの漏れのない記入が必須で、かつ15歳未満の小児は臓器提供ができない規程となっていた。そのため、2010年7月に臓器移植法が改正されるまでの約13年間において国内で実施された心臓移植数はわずか69例であった。法律改正によって家族承諾による小児を含めた脳死臓器提供が可能となり、心臓移植数は飛躍的に増えた。2019年には年間80例を超えるようになり、法改正後は2020年12月までの約10年間で約500例の心臓移植が実施された。

2.心臓移植が考慮される適応病態

心臓移植は、薬物やペースメーカーなどの内科的治療や外科的手術治療を可能な限り行っても治療効果が望むことができない重症の心不全の場合に考慮される。表1にわが国の心臓移植適応疾患と適応条件を示しているが、かなり総括的な内容となっている。心不全が重症であっても、以下に示すような除外条件に該当する場合には、心臓移植の登録はできないことになっている。
① 肝臓や腎臓の機能障害が高度で治療によっても正常にならない場合
② 細菌・ウイルス・真菌などの感染症が治癒していない場合
③ 肺高血圧症が高度である場合(肺血管抵抗>4-6 Wood単位)
④ アルコール中毒・麻薬中毒・薬物中毒の場合
⑤ 悪性腫瘍を有しているか、治癒してから5年が経過していない場合
⑥ HIV抗体陽性(エイズ)の場合
複数臓器を同時に移植する多臓器移植が欧米で行われている。わが国では心肺同時移植は認められているが、心腎同時あるいは心肝同時移植は認められていない。  わが国で2019年12月までに行われた512例の心臓移植症例の原因疾患の内訳は、拡張型心筋症が68%と最も多く、拡張相肥大型心筋症11%、虚血性心疾患10%、心筋炎後心筋症3%などで、虚血性心疾患の割合が欧米と比して極めて少ないのが特徴である。他に適応となる疾患には、拘束型心筋症、心臓サルコイドーシス、先天性心疾患、弁膜症などがある。

表1:心臓移植の適応疾患と適応条件
表1:心臓移植の適応疾患と適応条件

3.心臓移植の手技

① Biatrial法(心房吻合法)とBicaval法(大静脈吻合法)

現在一般的に行われている心臓移植手技には、Biatrial法(Lower-Shumway法とも呼ばれる)とBicaval法がある。前者は1960年にLowerとShumwayが報告した方法で、2005年頃まで全世界のスタンダードな手技であった。左右両方の心房レベルで吻合を行い、肺動脈と大動脈を吻合して完了する。手技的には比較的容易であるが、洞結節機能不全が比較的多く、移植後遠隔期の三尖弁閉鎖不全症の合併が多いと報告されてきた。これに対して、Biatrial法は左房での吻合は前者と同様だが、右房レベルは上下大静脈で吻合を行う手技で、1990年頃から行われるようになった。移植後の洞結節機能不全によるペースメーカー装着がBicaval法を行うと有意に減少する(Biatrial: 16.7%, Bicaval: 1.8%)ことが報告され、近年ではBicaval法が主流となりつつある。日本のKitamuraらは、上下大静脈を独立に吻合するのではなく、右房後壁の連続性を維持してそれぞれ右房・大静脈移行部で吻合するbicaval変法を報告した2)。この方法では、ドナー・レシピエント間でしばしば遭遇する大静脈の口径差を調節して吻合しやすいという利点があり、わが国の心臓移植の90%以上で採用されている。

② レシピエント心摘出 

わが国で最も多く行われている心臓移植のケース(移植待機中に植込み型補助人工心臓(cf-VAD)が装着されていて、移植をmodified bicaval法で行う場合)について述べる。

レシピエントの開胸は、臓器提供者であるドナーの心臓最終評価で移植可能との報告を受けてから開始する。胸骨を再度正中切開するので、心臓自体やcf-VADの送血人工血管を傷つけないように慎重に進める。胸骨再正中切開が難しいと判断される場合には、出血等に備えて大腿動静脈を事前に露出しておく。癒着は非常に強いことが多く、確実な止血を行いながら剥離を行う。Cf-VADが収納されているポンプポケットを開け、心臓や上行大動脈周囲を丁寧に剥離する。心尖部周辺はcf-VADの脱血管が邪魔をして剥離を進めにくい場合もある。 Cf-VAD送血人工血管上行大動脈吻合部から3cm以上遠位側に人工心肺送血管を挿入するが、しばしば大動脈弓部まで剥離が必要になる。十分な距離が取れない場合には大腿動脈送血を選択する。上下大静脈に直接脱血カニューレを挿入して人工心肺を開始する。人工心肺半補助になったところでcf-VAD駆動を停止して、送血人工血管を遮断・切離する。ここで人工心肺完全補助として、右上肺静脈から左室へベントチューブを挿入する。上下大静脈をテープでスネアする。心臓周囲の追加の剥離を行い、心臓を切離・摘出できるようにする。深部体温(直腸温)を28度まで冷却する。

上行大動脈の遮断はドナー心が手術室内(あるいは病院)に到着したことを確認してから行う。Cf-VAD送血人工血管吻合部から2cm以上遠位側で大動脈を遮断する。Cf-VADのドライブラインケーブルを切断して、cf-VADポンプをポケットから引き出して心臓の剥離を完了する。次に、上大静脈合流部の約2cm手前まで右房を縦切開して、右房後壁を2cm残るように右房壁を観音開きに切開する。下大静脈側も同様に合流部2cm手前まで切開して観音開きする。卵円孔を中心に頭尾側に心房中隔を切開して、尾側は冠静脈洞・僧帽弁後尖弁輪に沿うように左房切開を反時計方向に進める。頭側はtransseptal superior approachの要領で左房の天井に切開を進める。Cf-VAD送血人工血管吻合部レベルで上行大動脈を切離し、肺動脈弁レベルで肺動脈を切離する。最後に頭側と尾側から来た左房切開線をつなげることによって心摘出が完了する。

③ 移植手技(Bicaval変法:図1)

レシピエントの心臓摘出を進める間に、バックテーブルでドナー心臓の確認と処置を行う。卵円孔開存がある場合には縫合閉鎖する。肺の提供があったために左心耳が切開されている場合には、2重に縫合閉鎖する。肺の提供がなく左房が肺静脈レベルで切離・採取されている場合には、左房後壁を切開して左房を吻合できるようにしておく。

レシピエントの心臓を切離・摘出してから、心房中隔に残っている小還流静脈を縫合閉鎖する。左房切離部尾側の冠静脈洞部分には小静脈が多いので、ここを連続縫合で2重に縫い上げる。

心臓移植の最初の吻合は、ドナー左房左心耳の尾側とレシピエント左下肺静脈から開始して、心房中隔中部まで時計方向へ進める。ドナーとレシピントの心内膜同士が合うように配慮する。通常は、レシピエント左房の方が大きいために、ドナーの下大静脈がレシピエントの下大静脈の位置に合うように、吻合の歩みを適宜調整しながら進める。左房の残りを反時計方向へ縫い進めて吻合を完了させる。

図1:Modified bicaval法
自己心摘出後の状態(左)と移植完了直前の状態(右).
図1:Modified bicaval法 自己心摘出後の状態(左)と移植完了直前の状態(右).

ドナーの下大静脈をレシピエントの右房・下大静脈移行部に吻合する。吻合部が捻じれないように注意する必要がある。ドナー上大静脈を適切な長さに切離して、レシピエントの右房・上大静脈移行部に吻合する。狭窄が起こりやすいので丁寧に吻合する。

肺動脈は長すぎると屈曲しやすいので、ドナーとレシンピエントの肺動脈の長さを十分に確認したのちに吻合を行う。最後に上行大動脈を吻合するが、吻合部の確認を容易にするためにやや長さに余裕を持たせて吻合を行う。また、ドナーとレシピエントで太さが異なることが一般的なので、歩みを適切に調整しながら縫い進める。以上の一連の吻合操作中には掻いた氷を適宜心表面にのせて、移植中の心臓の温度が上昇しないように心がける。

吻合完了後に心臓内に残っている空気を脱気して、大動脈遮断鉗子をはずして、心臓に血液が灌流するようにする。この時に、心臓を保護するためにステロイド剤であるソルメドロールを静脈投与する。吻合部の出血がないかどうかを繰り返し丁寧に確認する。心臓は自然に拍動を開始することも多いが、心室細動の場合には電気的除細動を行う。

経食道心エコーで左室の収縮の状態と遺残空気がないかを観察する。心臓の収縮状態が正常に戻った時点で人工心肺の補助を止める。大動脈遮断を解除してから30分程度で心機能は正常に戻ることが一般的である。

4.移植成績と今後の課題

図2に国際心肺移植学会の登録データから得られた年次別成人心臓移植遠隔成績を示す1)。時代とともに成績が向上していることが明らかに見て取れる。この報告によると1年、5年、10年、20年生存率はそれぞれ、86.0%、74.9%、58.1%、20.3%である。時代とともに移植後の成績が改善する傾向は原疾患別に分けた場合にもあてはまり、特発性心筋症、虚血性心疾患、先天性心疾患、弁膜症のいずれでも改善してきている。図3にわが国で2019年12月末までに行われた512例の心臓移植の遠隔成績を示す3)。1年、5年および10年生存率はそれぞれ96.4%、93.1%および89.8%で、国際心肺移植学会のデータよりも著しく優れている。

2020年12月末現在の心臓移植希望登録者数は898人である。わが国の心臓移植の年間実施数は100例に満たないために、登録後に移植まで待機する期間が年々延長してきており、2019年は成人心臓移植で1502日と4年を超えた3)。長期の心臓移植待機が余儀なくされるために、植込み型補助人工心臓を装着して心臓移植を待機しているのが現状である。今後臓器提供が飛躍的に増加することが望まれる。

図2:国際心肺移植学会登録データによる年次別成人心臓移植遠隔成績
(文献2より引用)
図2:国際心肺移植学会登録データによる年次別成人心臓移植遠隔成績(文献2より引用)
図3:わが国で2019年12月末までに行われた512例の心臓移植の遠隔成績
図3:わが国で2019年12月末までに行われた512例の心臓移植の遠隔成績

参考動画

文 献

  • 1. Khush KK, Cherikh WS, Chambers DC, et al: The International Thoracic Organ Transplant Registry of the International Society for Heart and Lung Transplantation: Thirty-sixth adult heart transplantation report. J Heart Lung Transplant 2019; 38: 1056-1066
  • 2. Kitamura S, Nakatani T, Bando K, et al: Modification of bicaval anastomosis technique for orthotopic heart transplantation. Ann Thorac Surg. 2001; 72: 1405-6
  • 3. 日本心臓移植研究会ホームページ.http://www.jsht.jp/registry/japan/index.html Accessed January 16, 2021