特定非営利活動法人 日本心臓血管外科学会 手術・手技トップへ

© 2018 The Japanese Society for Cardiovascular Surgery

このページを印刷する
トップへ
総論

人工心肺の実際

自治医科大学附属さいたま医療センター臨床工学部
百瀬 直樹

1.人工心肺の基本構成

人工心肺はその名のごとく,人工的に心臓機能と肺機能の代行する装置である.さらに手術を補助する様々な機能もある.それらの機能のため人工心肺は体外循環回路と補助的な付属回路で構成される。その基本構成とその機能を図1に示す.
体外循環回路は脱血回路・貯血槽・ポンプ回路・送血ポンプ・人工肺・送血回路で構成される.脱血回路は.患者静脈(右心房あるいは上大静脈と下大静脈)に挿入した脱血カニューレから脱血回路を経て静脈貯血槽に血液を導く.貯血槽は貯血量で循環血液量を調整している.静脈血はポンプ回路から血液ポンプ(送血ポンプ)を経て人工肺で熱交換(温度管理)とガス交換(酸素加と炭酸ガスの除去)を行い,動脈血となる.人工肺にはフィルターが内蔵されていて異物や気泡を除去される.送血回路は,動脈に挿入された送血カニューレから体内に送り戻す.

人口心肺の構成と機能

体外循環回路には回路上に大気に開放された貯血槽を持つ開放回路と、貯血槽を体外循環回路から分離した閉鎖回路があるが、開放回路が広く一般的に普及している。開放回路では貯血槽の貯血量(貯血レベル)は送血流量と脱血流量のバランスで維持される.送血流量は送血ポンプのつまみ操作で調整できる.脱血流量の調節は脱血回路に圧閉器(オクルーダー)や鉗子で狭窄部(抵抗)を作り,この抵抗変化で流量を調整する.
付属回路には,ベント,サクション,心筋保護,除水回路があり,他にも脳分離送血回路などを使うこともある.サクション回路は出血をポンプで清潔的に回収して貯血槽に導く.ベント回路は.心臓内の血液を抜き,心臓の過伸展を防止すると共に無血視野を確保する.心筋保護回路は,心臓を停止させて心筋の酸素需要を抑える心筋保護液を冠動脈あるいは冠静脈に注入する.除水回路は,血液中の余分な水分を除去し血液を濃縮する.脳分離送血回路は弓部置換術などに使用され,体外循環回路の送血回路から分岐して弓部分岐から頚動脈と鎖骨下動脈に送血する.
人工心肺システムは、回路やポンプの他に、気泡や貯血レベルを監視しする安全装置や圧力・温度・血液ガスなどの各種モニターで構築されている。周辺機器として、人工肺の熱交換器に冷水や温水を供給して血液の温度を調整する冷温水槽や,体外循環の前後の出血を回収する自己血回収装置などもある。

2.体外循環の準備

2-1 プレバイパスチェック

遠心ポンプでは流量計のセット,ローラーポンプでは圧閉度(occlusion)の調整を行う.各部の圧力計のゼロ点補正を行う.
さらに各部の接続を確認すると共に,閉鎖するべき回路の確実な閉鎖,開放する箇所の確実な開放,各種機器の動作チェックなどを行う.

2-2 ヘパリンの投与とカニュレーション

カニューレを挿入する前に抗凝固剤であるヘパリンナトリウムを300 U/kg程度の投与する.投与後,確実に凝集能力が抑えられているか,ACT(activated coagulation time:活性凝固時間)でチェックする.ACT値が一定量(例として480秒)を超えたのを確認してから人工心肺のサクションポンプを回転させ,出血の回収を始める.

2-3 カニューレの挿入(カニュレーション)

人工心肺から患者に血液を送る送血カニューレが上行大動脈あるいは大腿動脈に挿入する.挿入された送血カニューレと人工心肺の送血回路が接続し,患者と人工心肺がつながる.送血回路の遮断鉗子を外し,送血圧が患者の動脈圧と共に拍動的に上下するのを確認する.そして,送血圧をモニターしながら実際に少量の充填液を送り確実に送血可能かどうかをチェックする.
続いて患者から人工心肺へ血液を導き出す脱血カニューレが右心房あるいは上下の大静脈に挿入し,脱血カニューレと人工心肺の脱血回路を接続する.この時点で体外循環が可能な状態となる.
さらに,大動脈基始部から心筋保護液を注入するための心筋保護液注入カニューレや左心ベントカニューレを挿入する.ベントカニューレとベント回路との接続前に,ベントが吸引することを確認するベントテストを行う.

3.体外循環

3-1 体外循環の開始

体外循環に先立ち,人工肺への酸素ガスの吹送を始める.酸素ガスの流量は,使用する人工肺の性能にもよるが一般的な人工肺であれば目標とする体外循環血流量に対して1/2程度(V/Q比0.5),酸素濃度(FiO2)は60%程度である.
循環血液量の調整は心臓の前負荷の調節や無血視野を確保するために重要になる.このため,貯血レベルを安定させ,徐々に目標とする体外循環血流量(送血流量)まで上げてゆく.ただし,様々な原因で脱血流量が確保できないこともある.図2に示すように原因を特定し確実に流量を確保する.
体外循環を開始すると血液は充填液により希釈され,粘性が低下して末梢血管抵抗は急激に減少する.これに伴い急激な血圧の低下,いわゆるイニシャルドロップ(initial drop)が生ずることが多い.著しい低血圧に対しては,体外循環血流量を増すか昇圧剤を投与して対処する.
血圧の維持,適正な送血圧力と送血流量,確実な血液のガス交換,回路の異常などがないことを確認してから,貯血レベルを上げて心臓の前負荷を減らしてゆく.これにより心拍出量が低下して脈圧が小さくなる.
この時点では生体の心臓も機能しており,循環血液の一部が人工心肺により体外を循環するので,この状態を部分体外循環(partial perfusion)とよぶ.

貯血レベルが下がる場合の判断と対処フローチャート

3-2 冷却

体外循環が確立されたら,低体温体外循環の場合は冷温水槽より人工肺に内蔵する熱交換器に冷水を送り込み,血液の冷却を開始する.常温体外循環では冷却せず,むしろ冷温水槽から温水を流して保温に努めることもある.

3-3 完全体外循環(全体外循環:total perfusion)

生体の心臓の機能が失われ循環血液のすべてが体外循環により維持されている状態を完全体外循環とよぶ.
上大静脈と下大静脈から脱血していて,上下の脱血カニューレの周囲を締め静脈から右心房への流れを止めた時点,あるいは大動脈に遮断鉗子を掛けた時点,もしくは心室細動となった時点で完全体外循環に移行する.脈圧はなくなるが,体外循環によって平均血圧は維持されている.完全体外循環に移行したら肺循環も無くなるので麻酔器の換気を止める.
心臓停止に伴い心室内の血液は拍出されなくなり,流入する血液により心室の過伸展が生ずる.これを防止するため,貯血レベルを上げ心臓に流入する血液を減らすほか,ベント流量を上げて心室の血液を人工心肺に導く.

3-4 大動脈遮断

心臓内部あるいは冠動脈への血液の流入を完全に止めるため,大動脈基始部に遮断鉗子を掛ける.鉗子操作による大動脈壁への負担を軽減するため,一時的に送血ポンプの流量を半分程度に落として血圧を下げてから大動脈を遮断する. 術式によっては大動脈を遮断せずに手術操作を行う.

3-5 心筋保護液の注入

初回の心筋保護液は通常大動脈基始部より冠動脈へと流れるように注入する.大動脈弁に逆流がある症例などでは,大動脈を切開し直接左右の冠動脈口より心筋保護液を注入する.また,心筋保護液の追加としての投与は,冠静脈洞より逆行性に注入することが多い.注入量は成人で初回500~1000ml,以後20~40分おきに200~500mlを追加注入する.
心筋保護液の注入では注入圧力も重要であり,冠動脈からの順行性に注入する場合は注入部の先端圧で50~80mmHg程度になるように注入する.冠静脈から逆行性に注入する場は,同じく先端圧で25mmHgを超えないように注入する.
心筋保護液を投与すると心筋の活動は抑制され,心電図は心室細動から心静止へと移行する.心電図が平坦化しない場合は心筋保護液が心筋に充分行き渡っていないと考えられるため,心筋保護液を追加する.

3-6 体外循環の維持

術野において心内操作が始まると人工心肺側には大きな操作はしばらくなくなる.循環動態や温度に急激な変化はなくなるが,循環動態や回路内圧,尿量,血液検査,温度などのデータを記録・監視する.血液ガスを見ながら人工肺への吹送ガスを調整する.
出血を回収するサクションは,吸引量が足りないと無血視野が確保できず手術の進行を妨げる.また,吸引嘴管の先が組織に当たると吸引できずサクション回路は極度の陰圧になり,内部の血液はひどく損傷するので,適時調整する.
ベントポンプは,吸引量が足りないと心臓内部の圧力が上昇し心筋が過伸展を起こしたり,創部から血液があふれて無血視野が確保できなくなる.逆に過度に吸引すると切開部から心臓内部に空気を引き込むので注意する.実際のベントの吸引量の調節は,体外循環開始と同時あるいは開始後にゆっくり引き始め,脈拍数が低下したり,心室細動に移行したら心室内部の血液を積極的に排出するため吸引量を増す.大動脈弁に逆流のある症例ではさらに吸引量を多めに維持する.大動脈が遮断されたら吸引量を減らす.開心術中は執刀医と連絡をとりながら,気泡を引き込まない程度に吸引する.

3-7 復温開始

冷却に比べ復温には時間がかかるため,復温時間を見越して心内操作が終わりに近づいた時点で術者と連絡し合い復温を開始する.冷温水槽より熱交換器に温水を流して血液を温める.この時,脳の保護のため送血温度が37℃を超えないようにする.

3-8 大動脈遮断解除

大動脈遮断解除に先だって,手術中に浸入した心腔内あるいは大動脈の気泡を除去するため,心臓内部に血液を充満させる必要がある.貯血レベルを下げ心臓にボリュームを負荷する.
心臓内部の気泡除去操作が終わったら再び貯血レベルを上げ.ベントは心腔内が陰圧にならないように止めるか流量を落としておく.
大動脈の遮断鉗子を外す前に,一時的に送血ポンプの流量を落とし灌流圧を下げてから遮断解除する.大動脈遮断が解除されたらベント流量を上げ過伸展を防ぐと共に,心臓内部に残留しする気泡を積極的に人工心肺側に導く.
大動脈の遮断解除の時点から冠動脈に血流が戻り,心筋保護液は流され心臓は活動を始める.

3-9 心拍動再開(部分体外循環:partial perfusion)

冠動脈に血液が流れ込むと心筋は再び活動をはじめる.自ら拍動を始めることもあるが,心室細動のまま正規律動に戻らない場合は直接心臓に通電パッドを当てて電気的除細動が行われる.心筋保護液による刺激伝導系への作用が残り徐脈となり,一時的に体外式ペースメーカーを必要とする場合もある.
心臓のポンプ機能の回復と共に,再び部分体外循環となる.心臓から動脈血を拍出させるため、この時点で麻酔器からの換気を再開する.
動脈圧に脈圧が現れるのを確認しながら心機能の回復に合わせてベント流量を下げてゆく.さらに,貯血レベルを徐々に下げ,中心静脈圧を徐々に増しながら脈圧が現れるのを確認する.

3-10 体外循環からの離脱

離脱困難時の補助の選択肢

人工心肺からの離脱の条件は,生体の心肺機能の回復と,術野での止血の確認,確実な復温である. 心機能は血圧(平均血圧60mmHg以上)や経食道超音波断層像(TEE)による心臓の壁運動などにより評価する.脱血回路で測定している混合静脈血酸素飽和度(SvO2)は心機能・麻酔器と肺の動作・生体の酸素消費が関与する酸素需給のバランスなので離脱時の良い指標となる.60%以上が離脱の条件となる.肺動脈圧や左心房圧がモニターされていれば,右心機能や左心機能を評価する材料になる.
サクション回路から多量に血液が吸引されてくる場合には,止血が確実ではない.この状態で体外循環を停止させると循環血液量の調節が困難となる.さらに,止血のために心臓や大血管を圧迫すると心機能の低下を招くので,確実な止血を確認する.ベントは心機能の回復に合わせて吸引量を減らし,体外循環の離脱時には停止させておく.

血液温の上昇は速いが,生体の隅々まで復温するのには時間を要する.復温が充分でなく,局所的にも温度が低いと人工心肺離脱後しだいに低体温となり,最悪の場合心停止の危険もある.したがって,上昇しにくい直腸温等の深部体温が復温完了の指標となる.
これらが確認できたら,体外循環からの離脱に移る.徐々に貯血レベルを下げ,心臓への前負荷を増してゆく.心機能が十分回復している場合には中心静脈圧5~10mmHg程度で充分な心拍出量が得られる.脈圧が増大し心拍出量の増加が確認できたら,貯血レベルを安定させながら送血流量を減らしてゆく.
送血ポンプを止めたら,脱血回路を遮断して体外循環から終了となる.体外循環が停止したら,人工肺へのガスの吹送と熱交換器への送水を止める.
離脱後しばらくは循環動態が安定しないため,緩やかな送血による循環血液量の調整を行いながら心機能の安定を待つ.また,不慮の出血や心機能の低下に伴い体外循環を再開することもある.
体外循環からの離脱が困難である場合には,状態に応じた補助手段(図3)の導入を検討する.

4体外循環終了後の処理

体外循環が終了し,安定した循環動態と止血が確認されたらカニューレ抜去後の不慮の出血に備えるため,人工心肺の送血回路と患者の末梢への返血ラインを接続する.返血ラインで返血できることを確認したら、脱血カニューレ,送血カニューレを抜去する.
続いて,抗凝固剤のヘパリンを中和するため,プロタミンが投与する.プロタミンの投与が開始されたら,サクションポンプを止め,人工心肺への血液回収を終了する.プロタミン投与後,ヘパリンの投与前のACTに戻っているかチェックする.
体外循環が終了した時点では,人工心肺回路には充填量に相当する残血があり,こらは患者に返血する.量が多い場合には後述する除水回路により,濃縮して返血する.後述する自己血回収装置で遠心分離により残血を濃縮すると凝固因子を含む血漿成分を廃棄することになる.
人工心肺回路はすべて廃棄するが,このとき,廃棄物取扱者の感染事故を防止するためにも,注射針やアンプルなどの処分には注意が必要である.

図表原稿

参考文献

  • 1)山口敦司、百瀬直樹: 体外循環の実際、 人工心肺ハンドブック改訂第3版、 中外医学社、 p7-61、 2020
  • 2)上田祐一、 碓氷章彦: 最新人工心肺第五版、 名古屋大学出版会、 2017