特定非営利活動法人 日本心臓血管外科学会 手術・手技トップへ

© 2018 The Japanese Society for Cardiovascular Surgery

このページを印刷する
トップへ
弁膜症, 不整脈

心房細動の外科治療

日本医科大学
新田 隆

はじめに

心房細動は単独であるいは心臓大血管手術患者にしばしば合併し、動悸や息切れなどの自覚症状だけでなく、脳梗塞などの血栓塞栓症や心機能低下からQOLの低下や生命予後にも影響をおよぼす。心房細動の外科治療は心房細動を洞調律に戻して有効な心房収縮を回復させるとともに、左心耳切除によって心原性塞栓症を予防し、自覚症状だけでなく生命予後も改善する。心房細動に対する種々の外科治療とその適応、そして手術のコツと落とし穴を解説する。

1.心房細動に対する外科治療

心房細動の外科治療には、心房細動を停止させて洞調律を復帰させるメイズ手術などのリズムコントロールを目的とする手術と左心耳の切除あるいは閉鎖だけを行って心原性塞栓症のリスクを軽減させる手術がある。前者ではリズムコントロールに加えて左心耳の切除も行われるため、洞調律復帰と左心耳閉鎖の両方の治療効果が期待される。後者では心房細動への効果は期待できないが、体外循環や心停止下でなくとも施行可能で、低侵襲で心原性塞栓症のリスクを軽減させることができる。

メイズ手術などのリズムコントロール手術では、肺静脈隔離と左心耳切除を基本とし、これに左房だけあるいは両心房のアブレーションも行う。一般的には肺静脈隔離術よりも両心房のアブレーションを行うフルメイズ手術の方が心房細動に対する有効性は高い。心房細動罹患期間が短く左房拡大が軽度な発作性心房細動では肺静脈隔離だけでも心房細動が停止することも多いが、心房細動期間が長く左房拡大が高度な持続性心房細動例では肺静脈隔離よりもメイズ手術の方が有効性は高い。心房細動期間と左房拡大は術後心房細動再発の危険因子でもある。一方、不完全なメイズ手術では術後心房頻拍が発生する可能性が高い。不整脈手術では手術の精度は目では分からないことも多く、房室弁輪部や冠静脈洞などの3次元的解剖の理解とアブレーションデバイスの特性の理解が重要である。メイズ手術のコツと落とし穴については後述する。メイズ手術は一般的には体外循環心停止下に行われるが、肺静脈隔離だけであれば体外循環非使用心拍動下に行うことも可能である。

左心耳閉鎖術は、心房細動の停止による治療効果は期待できないが、心房細動に伴う心内血栓の最好発部位である左心耳の切除あるいは閉鎖によって心原性塞栓症を予防する。メイズ手術に際して左心耳閉鎖を行う場合は体外循環心停止下に行われるが、左心耳閉鎖術だけであれば体外循環非使用心拍動下に行うことが可能で、心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)に併せて施行できる。左心耳閉鎖の具体的な手技としては、左心耳の切除と縫合閉鎖以外に、切除せずにoversewingで閉鎖、さらにはクリップなどのデバイスを用いて閉鎖する方法がある。左心耳閉鎖術のコツについては後述する。

メイズ手術などのリズムコントロール手術と左心耳閉鎖術にはそれぞれ長所と短所があり、併施する手術の種類、体外循環の使用、心停止、心房細動の種類、施設の手術経験などを総合的に判断して至適術式を選択する。

2.手術適応と効果、術式の選択

1) メイズ手術などのリズムコントロール手術の適応

メイズ手術は、我が国では器質的心疾患に対する心臓手術の合併手術として1990年代から行われるようになり、その後アブレーションデバイスの進歩に伴って術式が易化ならびに簡略化され、広く普及した。僧帽弁疾患では心房細動を高率に合併し、僧帽弁形成術や人工弁置換術を行う際に心房細動手術を併施することにより、術後脳梗塞発生率が低下する。特に僧帽弁形成術と心房細動手術の同時手術では、術後遠隔期の脳梗塞発生率低下だけでなく、抗凝固治療が不要となり、心房細動に関連する内服薬も不要になるなど術後QOLの改善は著しい。僧帽弁手術以外の心臓手術においても心房細動手術の併施により、術後QOLの改善と遠隔成績の改善が期待される。表1に日本循環器学会、不整脈の非薬物療法ガイドライン2018年度改訂版1の抜粋を示すとともに、各項目につき概説する。

a.手術死亡率や合併症への影響

メイズ手術を併施した場合の侵襲度は、左房切開を必要とする手術と左房非切開手術とでは異なるが、いずれにおいても心房細動手術の付加によって手術死亡率は増加せず、数多くのランダム化試験やメタ解析やSTSデータベースの解析2では、心房細動手術が術後30日死亡率をむしろ改善することが示されている。周術期の脳梗塞発症率やその他主要合併症発症率を上昇させることはないが、メイズ手術の併施によって術後新規ペースメーカ植込み頻度は増加することが指摘されている。

b.術後遠隔期の心原性塞栓症の発症、生存率、QOL

メイズ手術などのリズムコントロール手術は、規則的な洞調律を回復することで動悸など不整脈に起因する自覚症状が軽減され、心房収縮の復帰によって左房内血栓の形成を回避して術後遠隔期の脳梗塞の発症を予防することが期待される。術後遠隔期脳梗塞の予防効果については、術後観察期間が長くなれば脳梗塞予防効果のオッズ比があがるとするメタ解析があるが、他のメタ解析では有意な改善を示す断定的な結果は得られていない。
術後遠隔期の生命予後改善効果については、術後1年までのランダム化試験では有意差は出なかったが、さらにフォローアップ期間を伸ばした非ランダム化試験を含めたメタ解析では心房細動手術が有意に遠隔予後を改善した。
術後遠隔期のQOLについては、メイズ手術後の洞調律維持群で改善することが示されている。

c.リズムコントロール手術の種類

メイズ手術による心房細動の停止は、高頻度反復性興奮が発生している肺静脈の電気的隔離と複数の心房切開線によるリエントリー阻止によるものであるが、肺静脈隔離だけでも心房細動が停止することもあり、簡略化手術の適応が検討されてきた。リズムコントロール手術は、そのlesion setから、
(1)メイズIII・IVに代表される両心房切開フルメイズ手術
(2)切開線を左房に限局したいわゆる左房メイズ手術
(3)両側の肺静脈隔離術のみ
に大別される(図1)。

図1 各心房細動手術シェーマ
図1 各心房細動手術シェーマ

僧帽弁疾患に合併した発作性心房細動では左房メイズ手術でも高い有効性が示されているが、慢性心房細動では両心房切開を行うフルメイズ手術の方が有効率は高い。器質的心疾患に対する心臓手術との同時手術では、両心房切開手術が優れていて肺静脈隔離術だけでは有効性が低いという報告が多かった。2015年に、僧帽弁手術との同時手術にて両心房切開フルメイズ手術と肺静脈隔離術との間に術後1年の心房細動回避率に差は無かったとする多施設ランダム化試験の結果が報告されたが、手術の適切さなどの施設間での均一性などが不明であるとする指摘も多い。
一方、大動脈弁置換術や冠動脈バイパス術など左房非切開手術との同時手術としては、心房切開を必要としない肺静脈隔離術だけが行われることも多いが、心房細動に対する有効性は60%程度にとどまる。特に慢性心房細動に対する有効性は低い。これらの手術の対象となる症例では左房負荷が比較的軽い可能性が有り、肺静脈隔離術のみでも有効な可能性が考えられるが、著明な左房拡大を来した症例では肺静脈隔離術のみでは心房細動に対する効果は減弱する。発作性心房細動に対しては、カテーテルアブレーションの成績が向上した現在、体外循環心停止下に肺静脈隔離だけを行う意義は薄れる。一方、人工心肺非使用冠動脈バイパス術(OPCAB)に際しては、双極高周波アブレーションの使用により心拍動下に肺静脈隔離術を行うことが可能である。

器質的心疾患に対する心臓手術とのメイズ手術などのリズムコントロール手術の同時手術の適応やlesion setの選択にあたっては、
(1) 左房切開の有無
(2) 心房細動の種類(発作性、持続性あるいは長期持続性)
(3) 左房拡大の程度
(4) 心房の電気的活性(心電図V1誘導のf波高が予知に有効とする報告がある)
(5) 心房細動の罹病期間
などの要素を考慮に入れて総合的に判断する。

2)左心耳閉鎖術の適応

左心耳は心房細動患者における血栓生成の好発部位であり、巣状興奮発生起源の一つでもある。心臓外科の黎明期から、開心術後脳血栓塞栓症の予防を目的として左心耳の閉鎖が行われてきた。メイズ手術などのリズムコントロール手術と異なり、左心耳閉鎖術単独では心房細動を洞調律に戻すことはできないが、心房細動の最大の合併症である心原性脳塞栓症を予防すると期待されている。最近の後ろ向き大規模研究では、心房細動合併患者に対する心臓手術における左心耳閉鎖術の脳梗塞予防効果や生命予後に対する効果が報告されている。大動脈弁置換術など左心房切開を行わない手術との併施では体外循環心停止下に安全に短時間で行うことができ、心拍動下冠動脈バイパス術との併施も可能である。単独施行の有効性や術後の抗凝固療法の必要性や継続性に関する検討はこれからである。
左心耳閉鎖術の具体的な方法として、
(1) 心外からの切除と縫合閉鎖
(2) 左房内腔からの縫合閉鎖
(3) デバイスを用いた心外からの閉鎖
などが行われている。心停止下でのメイズ手術では心外からの切除と縫合閉鎖が標準である。僧帽弁に対する低侵襲手術(MICS)では左房内腔からの縫合閉鎖が行われている。近年、自動縫合器による左心耳の切除や左心耳閉鎖用クリップ型デバイスが導入された。デバイスを用いた左心耳閉鎖は容易で、特にクリップ型では安全性も高いが、左心耳内に血流が遺残したり残存断端が過度に長いと脳梗塞予防効果が完全ではないとの報告がある。クリップ型左心耳閉鎖デバイスによる左心耳閉鎖では残存断端が小さく、長期成績において脳梗塞の発生がないと報告されている。

3)ガイドライン間の相違について

日本循環器学会「不整脈の非薬物治療ガイドライン(2018年度版)」を表1に示す。診療ガイドラインは、診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書、と定義されている。本ガイドラインと日本循環器学会「弁膜症ガイドライン(2020年度版)3」とで器質的心疾患に合併する心房細動に対するメイズ手術の推奨度や見解に相違がある。ガイドライン間で推奨度や見解が異なることは時に見られるが、いずれも同じ学会のガイドラインであり、ガイドライン間の相違が臨床の現場の混乱を来たし、医療上あるいは社会的トラブルの原因となる可能性がある。心房細動を合併した器質的心疾患の患者さんの診療を担当する医師は、ガイドラインによってメイズ手術の推奨度が異なることを承知しておくことが望まれる。

表1 心房細動の手術適応
表1 心房細動の手術適応

3.心房細動手術の落とし穴とコツ

不整脈手術は、目には見えない心臓の電気現象を切開、縫合、凍結あるいは焼灼にて治療するものであるから、落とし穴の多くは目で確認されずに、術後はじめて心房細動の再発あるいは心房頻拍や心房粗動の発生で明らかとなる場合も多い。術後の心房頻拍は術前の心房細動よりも自覚症状が強く、救急外来を受診することになったり、カテーテルアブレーションを受けることになることも多い。術後の不整脈の発生が不完全な手術に原因がある場合は、手術の合併症として認識されるべきであり、担当する外科医は完全な手術を心がけて術後の不整脈発生を防止する必要がある。以下に心房細動手術の落とし穴とコツを解説する。
1) 肺静脈の確実な隔離
2) 心房切開線を房室弁輪部まで確実に延長
3) 冠状静脈の全周性焼灼
4) 発作性心房細動に対する肺静脈隔離と左心耳閉鎖

1) 肺静脈の完全な電気的隔離

肺静脈の完全な電気的隔離は心房細動手術が成功する上で最も重要な要素である。メイズ手術が最初に導入された1990年代では切開と再縫合で行われていた肺静脈隔離だが、双極高周波アブレーションデバイスおよび冷凍凝固デバイスの登場により比較的容易かつ安全に行えるようになり、これが心房細動手術を広く普及させた。しかし、切開再縫合による肺静脈隔離では電気的に不完全な隔離による肺静脈左房間の遺残伝導は起こり難いが、アブレーションデバイスの不適切な使用による不完全焼灼では不完全な肺静脈隔離となり、肺静脈左房間の遺残伝導から術後高率に心房細動が再発するため、使用するアブレーションデバイスの特性と心房細動手術に必要な解剖を十分理解しておく必要がある。要は、連続性かつ全層性の壊死による伝導ブロックを確実に作製して肺静脈左房間の遺残伝導を回避する訳だが、そのポイントを以下に示す。
a. 心房壁が畳まれて焼灼されないように心房組織を張らせて焼灼
b. 術者が直接観察できない左房後面などで心房壁が畳まれていないか注意
c. アブレーションの際、左房ベントカテーテルや冠静脈内の心筋保護カテーテルなどが挟まれていないか確認
d. 肺静脈ペーシングにて肺静脈隔離を確認(図2)

図2 肺静脈ペーシングによる肺静脈隔離の確認
図2 肺静脈ペーシングによる肺静脈隔離の確認

2) 心房切開線を房室弁輪部まで確実に延長

右房および左房の切開線あるいは焼灼線は、房室弁輪や上下大静脈などの解剖学的障壁に至るまで確実に延長する必要がある。単に心房自由壁に切開線を置くだけで済ませて、切開線と房室弁輪との間に生存心房筋を残すと、僧帽弁あるいは三尖弁周囲を旋回する恰好のリエントリー回路を作製することとなり、術後に心房粗動あるいはリエントリー性心房頻拍の原因となる。凍結凝固あるいは高周波デバイスを用いて心房切開線と房室弁輪の間に完全な伝導ブロックを作製することが大切である。

3) 冠状静脈の全周性焼灼

冠状静脈は入口部から約2-3cmの深さまで全周性に心房筋(coronary sinus musculature)で覆われていて、心房間伝導路のひとつとして重要な役割を担っている(図3)。したがって、心房細動手術では冠状静脈を全周性に焼灼しないと、術後に不完全焼灼された冠静脈洞を伝導して僧帽弁周囲を旋回するリエントリー性心房頻拍の原因となる。これを防ぐために双極高周波デバイスで冠状静脈と一緒に左房後壁を挟んで焼灼するか、心内膜と心外膜両側から冠状静脈を凍結する(図4)。

図3 僧帽弁輪部の解剖
図3 僧帽弁輪部の解剖
図4 冠静脈を心内膜側と心外膜側の両側から冷凍凝固
図4 冠静脈を心内膜側と心外膜側の両側から冷凍凝固

4) 発作性心房細動に対する肺静脈隔離と左心耳閉鎖

発作性心房細動を合併する大動脈弁置換術などの左房切開を必要としない手術や心拍動下冠動脈バイパス術に対する肺静脈隔離と左心耳閉鎖は、最小限度の侵襲と時間で肺静脈隔離によるリズムコントロール治療と左心耳閉鎖による心原性脳塞栓症の予防が可能である。肺静脈隔離は双極高周波アブレーションデバイスを用いれば心拍動下でも施行可能であり、左心耳閉鎖もクリップなどのデバイスを用いれば心拍動下で容易に施行可能である。この際、左肺静脈隔離ラインと左心耳閉鎖創との間に伝導ブロックを作製しておかないと、術後に左心耳周囲を旋回するリエントリー性心房頻拍が発生する可能性があり、特別な工夫が必要である(図5)。

図5 左心耳閉鎖
図5 左心耳閉鎖

脚注

参考文献