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血管

胸腹部大動脈瘤

浜松医科大学 外科学第一講座 教授
椎谷 紀彦

1.定義・分類・成因

胸腹部大動脈瘤とは、胸部から腹部にまたがる部分(解剖学的には横隔膜の大動脈裂孔を通過する部分)を含む大動脈が拡張した状態である。同部位が拡張せず、胸部と腹部が別個に拡張しているものは多発性大動脈瘤であり、別の病態である。拡張の範囲は様々であり、Crawford分類を用いて示される(図1)。他部位の大動脈瘤と同様、大動脈壁の状態から真性(3層構造が保たれるもの)、解離性(大動脈解離慢性期の拡張)、仮性(壁構造がないもの)に分類されるが、真性大動脈瘤は加齢や動脈硬化を背景とした変性によるものが多い。Crawford 1・II型の多くは解離性である。胸腹部では、感染による仮性大動脈瘤に良く遭遇する機会も多い。

図1
図1

2.手術適応

他部位の大動脈と同様、破裂リスクと手術リスクの比較により決定される。胸腹部大動脈瘤の手術リスクは、死亡率・脊髄障害等の重篤な合併症発生率ともに他部位より高いため、紡錘状の場合、我が国のガイドラインでも介入基準は60mmとされている
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf

3.手術法

1)補助手段

Clamp and goの時代、手術は時間との勝負であり、リスクが高い手術であった。補助手段の時代を迎え、脊髄障害の病態の理解の深まりとともに、手術成績は改善している。補助手段としては遠位側大動脈灌流と超低体温が用いられているが、1990年代までは後者を用いた手術成績が不良であったこともあり、多くの施設で前者が用いられている。
Crawford I・II型の多くは拡張した慢性大動脈解離(A型大動脈解離術後を含む)であり、中枢遮断は困難、あるいはリスクを伴う場合が多い。特にB型大動脈解離における弓部大動脈遮断は致死的合併症である逆行性A型大動脈解離のリスクを伴うため、弓部大動脈が中等度拡張した中年の症例では遮断を回避し、超低体温循環停止を選択するのが賢明である。
有意な大動脈弁逆流を有する場合、超低体温は禁忌であり、冠動脈病変等の心合併症を有する場合も適応には慎重である必要がある。

a)遠位側大動脈灌流

遮断部位より末梢の大動脈を血液で灌流することで、下流の臓器虚血を回避するとともに心臓の前負荷(一時シャントの場合は後負荷)を低減し、大動脈遮断による後負荷増大にも対処する方法である。部分体外循環、左心バイパス、一時シャントが用いられる。いずれも、遮断部位より中枢の臓器は自己心により灌流される。前2者は灌流量の調節が可能で、常温における至適流量は心拍出量の2/3(著者は1.7L/分/m2に設定)と報告されている。粥状硬化が目立つ場合、遮断後に流量を増加させて逆行性塞栓を防止する。解離性の場合、脊髄や腹部臓器のmalperfusionを誘発する場合があるが、末梢遮断部位で開窓後に再遮断することで対処可能である。natural driftあるいは人工肺の熱交換器により軽度低体温を併用することが多い。
部分体外循環は右房など右心系から脱血し動脈に送血する方法で、人工心肺を用いる。大腿動静脈からカニュレーションする場合が多いため、F-Fバイパスとも称される。利点は①心臓前負荷と灌流量を独立して調節可能、②人工肺による呼吸補助が可能(片肺換気中の換気悪化に対処できる)、③超低体温への移行が容易、④術野血の回収返血が可能(大出血に対処できる)、なことである。フルヘパリン化が必要なため、肺出血等の弱点を有する。
左心バイパスは左房など左心系から脱血し、ポンプを用いて動脈に送血する方法である。人工肺は不要であり、ヘパリンは少量で済む反面、部分体外循環の利点は失われる。呼吸補助目的で人工肺を組み込む施設もある。
一時シャントは、遮断より上流と下流の動脈をチューブや人工血管で連結し、末梢側も自己心拍動で灌流する方法である。灌流量に限りがあり、かつ血行動態に依存する弱点を有するため、用いられる頻度は低下している。
著者はF-Fバイパスを用いているが、超低体温へ以降する可能性がない場合、ソフトリザーバー組み込み閉鎖回路を用い、ヘパリンを削減している。閉鎖回路は脱血側に陰圧がかかるためカニューラは18-20Fr程度で良く、穿刺挿入も可能である。一方で左心バイパス同様、術野血をそのまま回収返血することは出来ない。

b)超低体温

人工心肺を用いた灌流冷却により全身を超低体温とし、臓器虚血許容時間を延長して手術を行う方法である。脳虚血の許容時間は、高次機能障害防止の観点からは、脳温(脱血温や鼓膜温が良い指標とされる)20℃未満で25分程度である[1]。脊髄は脳に次いで許容時間が短いと考えられるが、頭尾側に長く、複数の栄養動脈を有するため、脳灌流の有無や遠位側大動脈灌流の有無で許容時間は異なる。また脊髄温の指標となるモニター部位にも定見はない。脳灌流が維持されている場合、直腸温28℃で60分程度が限界とされる[1]。
良好な脱血を得ること、逆行性送血による合併症を回避すること、心筋保護が鍵であり、脱血が良好であれば左室ベンティングは不要の場合が多い。ベンティング必要時は心尖部から穿刺する。著者は心筋損傷を防ぐため細径カニューレ(アスピレーションキット茶色)を用い、固定は胸壁に行い止血の糸は抜去時にかけている。脱血カニューラは右大腿静脈から挿入することが多く、広い範囲に側孔を有するカニューラ先端を上大静脈に位置するよう挿入する。太い脱血管が有利であるが、静脈径に制限がある場合は吸引補助脱血を用いる。脱血不良であれば肺動脈ベント追加も有用である。送血は大腿動脈が頻用されるが、著者は逆行性送血のトラブル回避のため上行大動脈送血を追加している。中枢吻合中は下行大動脈遮断で下半身灌流を維持(著者は1.2L/分/m2に設定)する。終了後は上半身灌流量を1-1.5L/分とし、灌流圧を見ながら調節する。下半身灌流を維持する場合は、上下半身の流量配分を適正にするため、下半身とは別ポンプを用いる方が良い。
単純なopen proximal anastomosisでは心筋虚血時間は30-40分程度であり、心筋保護は低体温(脳保護のため脱血温20℃以下になっている)のみで十分である。著者は冷却後リザーバーにカリウムを20mEqボーラス投与し、心室細動波が消失したら速やかに循環停止としているが、あくまで低体温による心筋保護の補助である。弓部3分枝は遮断するのが望ましく、1-2本でも選択的灌流を行うと脳保護に有利である。

c)脊髄保護

周術期を通して脊髄側副血流を最大限に生かすことが重要である。遠位側大動脈灌流を用いる場合、高めの中枢側血圧維持と流量確保の両立、並びに肋間動脈からのsteal防止が重要で、著者はこれに加え小範囲分節遮断を用いている[2]。肋間動脈再建は、脊髄が側副血流依存になることを回避する目的で有用である。脳脊髄液ドレナージCSFDは脊髄灌流圧を上昇させ、脊髄障害防止に有効であるが、頭蓋内出血や硬膜外血腫といった重篤な合併症が発生しうることに留意する。抗血小板薬・抗凝固薬投与患者は原則禁忌であり、圧規定・速度制限が推奨される。著者は、超低体温を用いる患者は対象外とし、チューブは前日留置している。運動誘発電位MEPは、脊髄側副血流が十分か否か監視する目的で用いられる。
分割手術は脊髄保護に有利であるが、主たる対象は慢性大動脈解離であり、手術適応にならない程度に拡張した腹部大動脈を含めて1期的に置換(Crawford II型)するか、初回は下行大動脈置換に留めるか(残存する胸腹部は拡張してから置換=Crawford III型またはIV型となる)という選択である。著者は腹部大動脈径が45mm未満の場合、1期的置換の適応を、腹腔動脈上の吻合が困難な場合やマルファン症候群の一部に限定している。

d)腹部臓器保護

選択的灌流が広く用いられる。超低体温を用いる場合は必須ではないが、早期に復温するためには灌流した方が有利である。腎灌流量は正常の25-50%が至適であり、4分枝総計で600-800mL/分の灌流量が用いられるが、腹腔・上腸間膜動脈の血流量は不足する。しかし、逃げ道のない流量規定の腎動脈灌流は高率に腎障害をきたすため、腎動脈単独の灌流は推奨されない。このため腎動脈は血液灌流せず、冷却晶質液フラッシュを用いる施設も多い。


2)手術の手順と手技

動画に慢性大動脈解離に対する、腋窩側方開胸・超低体温を用いたCrawford II型の手術例を提示する。

a)到達法

図2
図2

下半身を仰臥位側にひねった右側臥位とする。開胸肋間は置換範囲に応じて決定する。大動脈弓の操作を要する場合、著者はrib crossを伴う第4-5-6肋間開胸を用い、肋骨弓は第6肋間で離断している(図2)[3]。後側方開胸が頻用されるが、頭側を腋窩開胸とすると脊髄側副血流の供給源となり得る胸背動脈を温存することができる。後者は上行弓部大動脈の操作が容易になるが、体位によっては胸壁と心臓により下行大動脈遠位の術野が不良となる。肺出血回避のため、右片肺換気で肺は出来るだけno touchとする。胸壁や大動脈との癒着は鋭的に剥離し、抗凝固中は左肺を換気しない。大動脈と肺の癒着が強度の場合、肺をつけたまま、遮断後に大動脈背側の切開部分のみを剥離しつつ切開し展開すると良い。
腹部大動脈への到達法には、横隔膜円周切開・完全腹膜外経路と、横隔膜放射切開・開腹経路がある。前者は横隔神経温存・不感蒸泄抑制に有利で、本邦で多用される。後者の場合、呼吸器合併症回避のため横隔膜脚を温存する場合もある。横隔膜切開に際し著者は、止血を確実にし、縫合時に裂けないようにするため、リニアステープラーを用いている。肋骨弓を超える部分の皮膚切開は、外側皮弁の壊死を防止するため屈曲を最小限とする。完全腹膜外経路の場合、内外腹斜筋を切開し、はがれやすい外側から内側へ向かって腹膜を剥離すると良い[3]。腎臓の腹側に入る方法と背側に入るものがあるが、著者は後者を用いている。この場合の剝離層は腎筋膜後葉と腹横筋膜の間の後傍腎腔であり、外側円錐筋膜を破る必要がある。

b)大動脈露出

フレーム式リトラクターを用いる。大動脈右側では常に食道を意識し、必要に応じて経食道エコープローブを指標にする。上行弓部大動脈を露出する際には肺を背尾側に、下行大動脈を露出する際には腹側に展開する。
下行大動脈近位部の露出には、壁側胸膜を左迷走神経より背側で縦切開し、神経を腹側に圧排しつつ、頭側は左鎖骨下動脈に至る。尾側は左反回神経に注意しつつ動脈管索を切離すると大動脈弓の可動性が改善する。このアプローチで左総頸動脈まで剥離可能である。
上行・近位弓部大動脈の露出には、左腕頭静脈に注意しつつ胸腺を横隔神経の腹側で大動脈から剥離挙上する。心膜を横隔神経の腹側で縦切開し前胸壁に吊り上げ固定すると、縦隔がローテーションし視野が改善する。腕頭動脈は、心膜翻転部を頭側に向かって剥離し確保する[3]。
下行大動脈遠位部の剥離には、肺靭帯を切離して肺を授動する。肋間動脈、食道、半奇静脈(第7肋間付近で大動脈を横切る)、胸管に注意する。胸管尾側2/3は大動脈の右側を走行しており、剥離中に透明な液の流出を認めたらクリッピングしておく。
腹部大動脈の露出は大動脈裂孔から始める。左腎静脈に流入する太い腰静脈を目印にして左腎動脈を確保する。腹腔動脈の確保は、横隔膜脚部分で大動脈右側に入り尾側を探ると可能である。右総腸骨動脈の確保は、頭側は大動脈末端部で大動脈右側に入り、尾側は左総腸骨動脈から大動脈分岐部の尾側へ剥離を進める。下腸間膜動脈を切離すると大動脈授動が容易になる。右総腸骨動脈の操作は、大動脈遮断後の方が減圧され容易である。右総腸骨動脈瘤合併例の場合、右内外腸骨動脈の剥離は仙骨前面から剥離を進めた方が良い。多くの外科医は、腎動脈下腹部大動脈を残す分割手術を選択している。著者は右脚を腹膜前経路で右外腸骨動脈に端側吻合し、右総腸骨動脈瘤をflow reversal thromboexclusionとすることもある。

c)再建

図3
図3

中枢側吻合部は、食道瘻を防ぐため離断して端々吻合を行う。
肋間動脈再建法としては、beveling温存に加え、inclusion法やボタン法などパッチを用いる方法(図1のI、II、III、V型の例を参照)や、小口径人工血管を間置法が頻用される。パッチ法では遠隔期のパッチ動脈瘤形成が、人工血管間置法では開存率が問題である。著者は小範囲分節遮断との組み合わせで、小口径人工血管の間置を多用している。この際分枝は繰りぬかずに、プレジェット付きマットレス縫合を3-4針おき、結紮することで出来た土手をrunning sutureしている(図3)。
腹部分枝再建も、beveling温存(図1のI、V型の例を参照)に加え、パッチ(図1のIII、IV型の例を参照)と小口径人工血管間置(図1のII型の例を参照)が頻用される。いずれも吻合ラインをボタン状に繰りぬいた方が容易である。パッチの場合、分枝間距離によるが、左腎動脈は別になることが多い。人工血管間置の場合、既製の胸腹部用4分枝付き人工血管を用い、右腎動脈、上腸間膜動脈、腹腔動脈、左腎動脈の順に行う。右腎動脈用人工血管はできるだけ短くする。長いとメイングラフトが左側に偏位し、左腎動脈がkinkingして閉塞しやすい。

4.手術成績

最新の日本胸部外科学会集計(2017年、https://doi.org/10.1007/s11748-020-01298-2)では、胸腹部大動脈置換術後の在院死亡は62/693(8.9%)で、大動脈解離20/292(6.8%)、非解離性大動脈瘤42/401(10.5%)、後者のうち非破裂例でも33/365(9.0%)であった。世界で最も多数の手術を実施しているCoselli先生が2016年に発表した胸腹部3309例の成績では、全体で在院死亡7.5%、永続性脊髄障害5.3%で、Crawford I・II型1980例の在院死亡7.4%、脊髄障害5.9%に対し、III型660例では8.5%、7.0%であった[4]。

参考動画

文献

  • 1) Shiiya N. Aortic arch replacement for degenerative aneurysms: advances during the last decade. Gen Thorac Cardiovasc Surg 61:191-6, 2013.
  • 2) Shiiya N, et al. Japanese perspective in surgery for thoracoabdominal aortic aneurysms. Gen Thorac Cardiovasc Surg 67:187-191, 2019.
  • 3) 椎谷紀彦.胸腹部大動脈置換術(Crawford I・II型).In心臓・大動脈外科手術: 基本・コツ・勘所(小坂 眞一 編), 医学書院, 東京, 2018.
  • 4) Coselli JS, et al. Outcomes of 3309 thoracoabdominal aortic aneurysm repairs. J Thorac Cardiovasc Surg 151:1323-37, 2016;.

図説明