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弁膜症, 不整脈

弁膜症形成術

大阪市立大学大学院医学研究科 心臓血管外科学
柴田利彦

はじめに

僧帽弁閉鎖不全に対する手術は弁形成術が推奨されている。 弁形成を行うに当たって術前の心エコー(経胸壁および経食道)で僧帽弁の解剖学的異常を正しく判断することは必須である。メインの逆流ジェットの方向やその大きさをみるだけではなく、副病変も見逃してはならない。僧帽弁は複合体(mitral complex)として機能しているので、弁尖、腱索、乳頭筋、左室心筋のどれにどのような問題が生じて逆流を生じているのかを術前によく理解してあらかじめ戦略を立てておく。
ほとんどの症例の逆流は腱索の異常(延長あるいは断裂)が原因でため、本項では胸骨正中切開での人工腱索ループテクニックのビデオ供覧と解説とを行う[1]。

胸骨正中切開における僧帽弁へのアプローチ

僧帽弁形成を行うためには良好な視野展開がキーポイントである。視野展開を左右する要因としては(1)患者体型、(2)心臓の位置、(3)左房の大きさが挙げられるが、それに応じた左房への到達方法の選択をすべきである。
まず、樽形胸郭の患者体型は胸骨から僧帽弁までの距離が遠いのみならず、視野角度が深くなり視野不良である。また、CTや術中所見として心臓全体が右側に偏位している場合にも僧帽弁の視野は悪い。左房の大きさはさほど視野展開を左右する因子とはいえないが、一般的には小さな左房は展開スペースが足りないことがある。
人工腱索を用いる弁形成では、乳頭筋に糸かけをするため、弁下部がしっかりと観察できる良好な視野展開が必須である。

1:右側左房切開での視野展開

右側左房切開は標準的な展開法であるが、そのコツは右房壁の授動である。1:右側心膜をつり上げ、2:SVC周囲の剥離、3:IVC周囲の剥離と心膜斜洞の開放、4:心房間溝の剥離などの処置が必要である。

2:左房鉤牽引のコツ

左房筋鉤は単にひっぱりあげるだけではなく、助手側に寄せながら、腹側に引っ張り挙げるという二段階の動作を行うことがコツである。これは、右側左房切開でも経中隔アプローチでも同様である。また、助手の手でリトラクターを牽引するのは視野を均一に保てないため複雑な弁形成には不向きであると思っている。

3:硬性内視鏡の使用

我々は胸骨正中切開手術においても硬性内視鏡を使用して、僧帽弁の視野を供覧している。硬性鏡は30度あるいは45度の斜視鏡を使用するが、角度が可変式のエンドカメレオン(ストルツ社)は便利である。硬性鏡の利用に慣れてくると、直視で見えにくい箇所の糸かけはモニター画像によるビデオアシストですることができる。また、水試験での逆流部位の同定などにも有用である。

4:経中隔アプローチ

経中隔アプローチは右側左房切開に比べはるかに良い視野展開ができるため最近では好のんで使用している。左房天井まで切り込まずに心房中隔を切開するだけでも良好な視野がえられている。この方法で心房中隔縁を展開するためには、通常のクーリー鉤では大きすぎるため先端が小さな左房筋鉤を開発し使用している(Shibata atrial retractor)。 MICS用の長い持針器・鑷子・ノットプッシャーなどは、術者の手が視野の妨げにならないため正中切開での僧帽弁手術でも有用であり、日頃から慣れておくことを勧める。

5:僧帽弁形成術の3要素

LeipzigのMohrらは人工腱索loop techniqueを提唱した[2]。本術式は前尖・後尖・両尖逸脱のいかなる逸脱にも対応できるのみならず、胸骨正中切開・右小開胸手術(MICS)、ロボット手術のいずれのアプローチにおいても行うことができるが、ループテクニックの基本手技はどのようなアプローチでもすべて同じである。

人工腱索ループテクニックのステップ

ループテクニックによる弁形成の流れは、腱索長の測定 → ループセットの作成 → ループセットを乳頭筋に固定 → ループを弁尖に固定 → リング縫着である。

1: Don’t cross the midline

図1
図1

僧帽弁は術者の右半分 (postero-medial side)は後乳頭筋からの腱索が支えており、左半分 (antero-lateral side)では前乳頭筋からの腱索が支えている。この腱索支配領域にしたがって人工腱索再建を行うことが鉄則であり、右側の逸脱にたいしてこの中央ラインを越えて左側から腱索を建ててはいけない(図1)。たまに後尖中央部(P2)のみを支える別の乳頭筋を見かけることがある。

2:腱索長の測定

図2
図2

延長・断裂した腱索に隣接している正常の腱索の長さをループセット作成時の長さとしている。乳頭筋から腱索は扇状にでており、隣接する腱索の長さはほとんど同じであることがその理由である。乳頭筋トップから弁尖までの距離を測定する(図2)。実際にループセットを固定する位置は、乳頭筋トップより4-5ミリ程度奥になるが、逸脱弁尖は余剰であることがほとんどであり、これを左室側に引き込むことにより十分な弁接合を得ることができる。腱索長の測定は、どのような器具を利用してもよい。紙メジャーでも測定可能であるが、私は独自に開発したゲージを使用している(図2)。

3:ループセットの作成

図3
図3

ePFTE糸はGoreTex糸(CV4、17mm針)を使用している。ループセット作成にはループ作成器 (Shibata Chorda SystemⓇ: Geister)を使用して作成しているが、1mm毎の長さが調整可能である[3]。逸脱範囲に応じて2または3ループを術中に3分程度で作成できる (図3)。

4:ループセットの固定

図4
図4

乳頭筋にループセット縫着する位置は、乳頭筋頭よ4-5ミリ程度奥になる(図4)。本来は、腱索断裂や延長を生じている乳頭筋に固定するが、あまりにその乳頭筋が小さく弱そうときは隣の乳頭筋に固定する。この時注意することは、ループセットをつける向きであり、既存の腱索とループとが交錯しないようにしなければならない。乳頭筋を通したePTFE糸は対側のプレジットを通してから結紮するが、結紮後にこの糸を切離せずにおいておく。この糸は必要時には追加の人工腱索として利用できる。乳頭筋への縫合や結紮は奥深い作業になるため、正中切開での手術おいてもMICS用の長い鑷子・持針器やKnot pusherを用いている。

5:ループの弁尖への縫着

通常、弁尖縁にループを5-0ポリプロピレン糸(ProleneⓇ)で固定する。その際には、5-0ポリプロピレン糸をループと弁尖に二回通してから結紮すると弁尖のcuttingが生じない。弁尖には左室側か左房側に運針するようにすると、ループは弁尖の左室側に位置し接合面にでてこない。ポリプロピレン糸で固定するとloopが切れる可能性があると言われてきたが、筆者はこの方法で1000ループ以上固定しきて問題は生じていない。ePTFE糸よりむしろポリプロピレン糸で固定した方が結節は小さくすむし、青色を呈しているためループのePTFE糸との見分けがつきやすく、ループの位置変更のため固定糸を外す際に見分けるのが容易である。

6:交連のedge to edge

交連部付近の病変には交連部縫合により縫い潰すのが得策である(commissural edge to edge)。ある程度広範囲な場合にはループを近傍に建てておくことにより、縫い潰す範囲が小さくてすむ。

7: 追加手技

前述の方法でループの長さを決定するが、実際に使ってみると作成したループの長さがが短いとき時がある。その際には別のePTFE糸を用いて輪つなぎのように延長することができる(loop in loop 法)。また、もう一本腱索が欲しいときには、残しておいた針端のePTFE糸を用いて人工腱索を追加することができる。長すぎるループへの対処の方が難しく、あまりに長い過ぎる場合には、再度作成した短いループセットに変更すべきである。

8:インクドットマーキングと水試験

図5
図5

左室に心筋保護液を注入して水試験を行っている。大動脈ルートのエアベントを開放にしておき、左室に入った空気を除去して冠動脈への空気塞栓対策としている。この際に接合度合いをみるのにメチレンブルーよるインクドットマーキングが有用である[4]。インクをつける位置は前尖ではrough zoneとclear zoneの境界、後尖では弁の真ん中である。これが最終的に隠れる程度に接合できればちょうどよい(図5)。

9:リング縫着

リングの選択は外科医の好みによるが、私は全例 にsemi-rigid type total ring (Physio II ringⓇ)を使用している。このリングは前後径が規定されるため縫着後に弁尖の接合が深くなる。リングに糸を通す前に実際選択したリングを僧帽弁にあてがってみる。リングのマーカーがどの糸に相当するのかを最終確認しておくことが、僧帽弁を歪ませないために有用である。水試験をしてみるとgeometryの変化によりリング縫着前と縫着後では様相が異なるため、リング縫着後に必要に応じてループの微調整を行う。インクドットマーキングを参考にすると接合の深さを確認できる。また、水試験での漏れ具合は内視鏡を使って拡大視するとよくわかる。

参考動画

図の解説

参考文献

  • 1) Shibata T,et al. Mitral valve repair with loop technique via median sternotomy in 180 patients. European J Cardio-Thoracic Surg 2015;47,491-498
  • 2) Opell UO, et al. Chordal replacement for both minimally invasive and conventional mitral valve surgery using premeasured Gore-Tex loops. Ann Thorac Surg 2000;70:2166–8.
  • 3) Shibata T,et al. A workbench to make artificial chordal loops for mitral valve repair. J Thorac Cardiovasc Surg 2009;138:506–7.
  • 4) Morisaki A, et al. Loop technique with ink-dot marking test: An alternative strategy to the ink test. J Thorac Cardiovasc Surg Technique 2020, https://doi.org/10.1016/j.xjtc.2020.05.010