心臓血管外科ライブ手術ガイドライン(2024年改訂版)および提出書類

はじめに

2007年8月10日にライブ手術に関して、その目的を明らかにし、安全で教育効果のあるものとするために、日本心臓血管外科学会、日本胸部外科学会、日本血管外科学会の3学会合同で「胸部・心臓血管外科ライブ手術ガイドライン」が制定された。その後、2014年に改訂が行われ、改定後2023年末までに30件の届出があり29件のライブ手術が行われた。各実施施設はこのライブ手術ガイドラインに従い安全な手術を施行しようと努力しており、死亡などの大きな有害事象は無く、当初のガイドライン作成の目的は改訂後も一定程度達成することができたと判断される。改訂版において、ライブ手術ガイドラインを制定した3学会は、一定期間の後、合同で分析しその後のライブ手術のあり方について検討するとあり、この度コロナ禍前2020年までの27件の届出について、3学会合同心臓血管外科ライブ手術検討委員会にて検討を行った。その結果、大きな逸脱は無かったものの、以下のようなガイドライン遵守違反に抵触すると判断できる事例が認められた。

【提出要件の未達成】

期限を過ぎてからの届出が3件、術後報告の未提出が5件あった。実施施設における倫理委員会の承認は全件で確認できたものの、議事録あるいは議事の内容がわかる書類が提出されたのは10件のみであった。

【術式選択における疑義】

届出された手術の内容では、標準的手術に相当しない、標準的手術であっても合併症や死亡率の高い手術、術式選択に議論のある疾患など、ガイドラインから逸脱すると考えられる内容のものも散見された。

【その他の疑義】

術者が所属している施設以外にて所属施設のチームを同伴せずライブ手術を行ったケース。当該施設の倫理委員会がライブ手術ガイドラインの内容を十分に理解し、それに沿ったライブ企画である事を確認せずに承認した可能性のあるケース。許認可に関する責任は各施設にあるが、施設管理者が当該ライブ手術の趣旨を十分に理解の上許可していない可能性のあるケースも散見された。また、現行の届出方法では複数の手術施設を繋いだライブ企画に十分対応出来ていない。
現状のガイドラインでは遵守違反が疑われても、届出を受ける医療安全管理委員会に内容に関して適否を判断するシステムと権限は定められていない。当該手術の責任はすべて主催者側にあり、届け出の判断も主催者側に委ねられている。しかし、本ガイドラインの目的がライブ手術における『患者の安全』と『学会員としての行動』を守ることであるとすれば、ガイドライン遵守に導くために主催者に対して支援を行う必要があると判断した。
よって、3学会合同心臓血管外科ライブ手術検討委員会は、より適切に安全にライブ手術が実施されるために以下の様にガイドラインを改訂する事となった。引き続き届出制を維持するが、ガイドライン遵守の強化を目的に実施前の届出の手順について追加と修正を行う。

  • ライブ手術の企画を立てた段階で企画書を提出(1次届出)。三学会医療安全委員会でガイドラインに沿った企画であるかを確認。
  • 確認結果を実施責任者、倫理委員会委員長、施設長に連絡。ガイドラインから逸脱する可能性のある内容の修正を促す。
  • 関係者が企画の内容を十分に理解した上で実施計画書を提出(2次届出)。
  • 2次届出の際は評価チェックリストに実施責任者と実施施設長および術者の署名を必須とする。
  • 実施後報告では、責任あるライブ進行を促すために、手術室内に同室していたコーディネーターと会場の司会者の署名を必須としたチェックリストを提出する。

Ⅰ.ライブ手術の目的

ライブ手術の企画では、心臓血管外科に関する様々な手術手技の教育を基本的目的とするものであって、優れた術者のパフォーマンスを供覧する場でもなければ、臨場感のみを求める視聴者に応えるものでもない。そのため、高度な技術を要する手術の場合は典型的な手術に限る。つまり、術者や施設にとっては習熟した標準的な手術であることが必要である。また、手術手技のみならず、適応を含めた手術戦略の選定、手術に必要な設備や機材の選択、麻酔を含む手術のサポート体制なども教育的価値が高いと考えられる。

Ⅱ.ライブ手術の要件

1.手術内容

  1. たとえ標準的手術であっても合併症や死亡率の高い手術は患者の人権に配慮して、ライブ手術の対象からは除外すべきである。
  2. また、術式選択に議論のある疾患はライブ手術には不適当と考える。
  3. 新たな手術器具やデバイス(国内にて承認済のものに限る)を用いたライブ手術は、その学術的意義から妥当性あるものに限る。

2.術者(以下の全てを満たすこと)

  1. 当該手術に対して充分な知識と経験を有し、これを日常的に実践している者
  2. ライブ手術の趣旨を理解し、正しい教育を行える者
  3. 日本人の場合は、関連学会の指導医や専門医として認定されている者
  4. 原則として、術者は所属している施設でライブ手術を行う。もし、術者が他施設でライブ手術を行う場合は、助手や介助ナースなどを含め、術者のチームとして手術を行うことが必要である。
  5. ライブ手術の内容に関連するCOI(利益相反)について、手術開始前に言及する。

3.実施施設(以下の全てを満たすこと)

  1. すべての観点から社会的に透明性が保たれ、情報公開が行われている施設であること
  2. 全ての医療従事者が当該手術に熟練し、不測の事態に速やかに対応できるように、連携が保たれ、術前の話し合いが充分になされていること
  3. 施設管理者も、ライブ手術の趣旨を理解し同意していること
  4. 関連学会認定の教育修練施設であること

4.視聴者

原則として、医師・看護師・技師などの医療従事者で、ライブ手術の目的を理解し患者の人権を尊重しているものとする。一般市民やマスコミは当然除外されるが、企業などの医療関係者は、主催者の判断で参加を認めてもよい。なお、ライブ手術では参加者を登録制にして、主催者が把握・管理することが望ましい。

III.倫理的問題

1.インフォームドコンセント(以下の全てを満たすこと)

  1. ライブ手術の目的とその内容・問題点を説明し、充分に理解を得た上で患者自身の自由意思による判断であること。
  2. ライブ手術の教育効果により将来の患者治療に役立つが、本人にとっては利益が無く、むしろリスクが増すこともあり得ることを患者に伝える必要がある。ライブ手術では術者が通常の慣れた環境とは異なり、術者の通常の実力を100%発揮できない可能性があるという内容を含むこと。
  3. 手術の説明は、術者が直接、当該患者に行い、書面での同意を得ること。ただし、術者と実施施設が異なる場合には、実施施設の主治医(責任者)でもよい。

2.倫理委員会

実施施設の倫理委員会では、このライブ手術ガイドラインの内容を理解して、それに沿ったライブ企画であることを確認した上で承認すること。そして、そのようにして承認したという内容を明記した議事録を提出することが望ましい。もし、議事録が無い場合には、上記内容を明記した文書を提出する必要がある。
なお、それぞれのライブ手術企画について、倫理委員会での議論は必要と考える。たとえ、毎年行う同じ内容のライブ企画であっても、毎回、倫理委員会での承認が必要である。

3.患者のプライバシー

当該患者のプライバシーが決して侵されることがないように、個人情報は厳密に管理する必要があり、映像配信技術にも充分な配慮が求められる。視聴者の集まる会場以外の個人のPCやスマートフォンその他のデバイスへの配信は認めない。

Ⅳ.ライブ手術の安全対策

1.手術内容の企画

前述したとおり、合併症や死亡率の高い手術は避けるべきである。また、時間的に余裕を持ったスケジュールのライブ企画とすることが必須である。

2.実施施設

普段通りの手術をライブで行うためには、術者が所属している施設で行うことが強く推奨される。

3.コーディネーター(手術室内)と司会者(会場)

術者とは別に適切なコーディネーターを手術室内に置くこと。討論者や視聴者から術者への質問は、状況によっては、コーディネーターがその内容をまとめて適切なタイミングで行うなどの工夫をして、円滑なライブ手術となるようにする。会場の司会者は術者の集中力を損なう質問やコメントを控えさせ、進行状況を判断して質問、コメントの可否とタイミングを決定する。

4.その他

  1. 撮影方法
    ライブ手術の撮影は、良好な映像を求めることにこだわって手術手技の妨げになってはならない。コーディネーターや司会者は、撮影が手術手技の妨げにならないように充分に配慮する必要がある。
  2. 中継の中止
    患者に重大な事態が生じた場合は、直ちに中継を中止し患者の救命に全力を尽さなければならない。その判断は司会者あるいはコーディネーターが負う。

Ⅴ.届出の義務

ライブ手術の届出を徹底することにより実態を把握し、今後のライブ手術のあり方について検討できるように、届出を義務化する。届出責任者は、ライブ手術実施責任者もしくは実施施設の責任者(院長)とする。

1.実施前

届出先は日本心臓血管外科学会医療安全管理委員会(委員長宛)とする。同委員会が窓口となり、届出があれば、日本胸部外科学会と日本血管外科学会の医療安全委員会に速やかに報告する。届出は1次2次の2回行う。

【1次届出】

心臓血管外科ライブ手術企画書(様式1)を提出する。提出期限は企画が決定次第、ライブ手術実施予定日の6週間前までとする。 上記3学会医療安全委員会で内容を確認後、指摘事項がある場合は、心臓血管外科ライブ手術企画書審査結果報告書(様式8)を、指摘事項が無い場合は心臓血管外科ライブ手術企画書審査結果報告書(様式9)を日本心臓血管外科学会医療安全管理委員会から実施責任者、実施施設長、実施施設倫理委員長宛に送付する。

【2次届出】

企画書審査結果報告書を確認し、以下の必要書類をライブ手術実施予定日の2週間前までに提出する。

  1. 心臓血管外科ライブ手術実施計画書(様式2
  2. ライブ手術プログラム
  3. 実施施設における倫理委員会報告書(可能な限り議事録も添付)
  4. 心臓血管外科ライブ手術実施計画届出用チェックリスト実施責任者用(様式3 実施責任者の署名要
  5. 心臓血管外科ライブ手術実施計画届出用チェックリスト手術実施施設用(様式4 実施施設長と術者の署名要
  6. ライブ手術研修への協力に関する承諾書(様式5

2.実施後

届出先は実施前と同じとする。
期限はライブ手術後1~2か月を目途とする。
必要書類は以下の通りとする。

  1. 術後報告書
  2. 退院サマリーなど経過がわかるもの
  3. 心臓血管外科ライブ手術評価チェックリスト(様式6・コーディネーター様式7・司会者の両者

ただし、もしも術中に事故が生じた場合や術後経過に問題があった場合は、できるだけ速やかに詳細を検討して報告すること。なお、重大な合併症や死亡事故などが発生した場合は、外部組織からの評価を受ける体制での院内の医療事故調査委員会を設置し、公正性と透明性を確保しなければならない。
術後報告が提出されなかったライブ手術については、提出があるまで次回の届出を受け付けない事とする。

Ⅵ.ライブ手術の評価

  1. 手術直後の検討会
    手術中にはできなかった質問やコメントについて、術者と討論者・視聴者が充分に討論できる場を手術後に設け、手術の評価を行うべきである。教育という観点からこの術後の検討会は必須と考える。学会会場(研究会会場)とライブ実施施設が離れており、術者が検討会に直接参加できない場合には、インターネットによる映像を利用して参加することも考慮する。
  2. 術後報告書のまとめ
    このライブ手術ガイドラインを制定した3学会は、一定期間の後、提出された術後報告書をまとめて合同で分析し、その後のライブ手術のあり方について検討する。

終わりに

ライブ手術の主な目的は「手術手技の教育」であり、術中の予期していなかった事態に対する術者の的確な判断などは、視聴者にとって参考になると思われる。しかし、ライブ手術の施行に当たって最も重要なことは、患者のための医療として行われていることをしっかり認識することであり、主催団体、術者、実施施設、さらには参加者(視聴者)すべてが、教育が目的であることを認識し、患者の安全を第一に置くべきである。手術の録画ビデオにおいても、様々な工夫をすることで、「手術手技の教育」が可能であることも認識しておくべきであろう。
ライブ手術の実施にあたっては、このガイドライン(改訂版)を遵守され、ライブ手術が安全かつ円滑に行われることを日本心臓血管外科学会、日本胸部外科学会、日本血管外科学会は希望する。

2024年5月7日制定
特定非営利活動法人日本心臓血管外科学会
一般社団法人日本胸部外科学会
特定非営利活動法人日本血管外科学会

3学会合同心臓血管外科ライブ手術検討委員会

委員長鈴木孝明(日本心臓血管外科学会)
委員横山 斉(日本心臓血管外科学会)
委員澤 芳樹(日本胸部外科学会)
委員古森公浩(日本血管外科学会)
委員宮本裕治(心臓血管外科ライブ手術ガイドライン2014年版作成委員長)
委員上田裕一(心臓血管外科ライブ手術ガイドライン2014年版作成委員)
委員宮田哲郎(日本血管外科学会)
委員高本眞一(日本心臓血管外科学会)
委員大北 裕(日本胸部外科学会)
委員夜久 均(日本胸部外科学会)
委員志水秀行(日本胸部外科学会)
委員竹村博文(日本胸部外科学会)
委員椎谷紀彦(日本血管外科学会)
委員松宮護郎(日本心臓血管外科学会)